ごこく (五穀) 

 古代中国において重きをなした、主要な穀物の総称。百穀・八穀などの語もある。
 五穀(ゴコク,wŭgŭ,
中華人民共和国では簡体字で五谷と書く)の内容は、キビアワムギ(オオムギないしコムギ)マメ(ダイズないしアズキ)イネアサ(またはゴマ)の内のいずれかを組み合わせたもの。
 穀・穀物・主穀・雑穀などの語については、穀物の項を見よ。
 中国において古来穀物を表してきたさまざまなことば(文字)のうち、(コク,gŭ)・(カ,hé)は、古く雑穀が山地で混栽されていた時代には 穀類の総称であった。穀は「堅い殻に包まれた穀物の実」の意、禾は「穂を垂れた穀物(ことにはアワ)の株」の象形文字。また(ゾク,sù)も「ぱらぱらとした小さな穀物の実」の意。
 後に農業が発展して単作農耕へと移行すると、北方の粟作地帯ではアワを表す文字としてが用いられ、南方の稲作地帯ではイネを表す文字としてが用いられた。
穀物を表す その他の字としては、
 (ショク,jì)は、うるち性のキビ
一説に、漢代にはアワ、唐代にはキビ、一説にコーリャン(もろこし・たかきび)。
 (リョウ,liáng)は「美味な穀物」の意、具体的にはアワ、ことに大粒で良質のアワ。
 (ショ,shŭ)は、もち性のキビ
 (麦,バク,mài)は、ムギ。字の成り立ちについては、ムギを見よ。
 (稲,トウ,dào)は、もとは「米を搗きおえて臼から取り出す(あるいは臼の中でこねる)」意。金文に見える。
 秫・朮・■
{艸冠に朮}(シュツ,shú)は、「ねばりけの多い穀物」の意、具体的にはもちあわ。
   
白川静『字統』に、朮は呪霊を持つ獣の形、のち秫(もちあわ)の意に用いた、と。
   
藤堂明保『漢和大字典』に、朮はもちあわの象形文字、十印に点々と実のついた姿、と。
 米(ベイ,mĭ)は「穀物の小さい粒粒」を表す象形文字、一般に脱穀した穀物を指す。
 大米(dàmĭ,
コメ・イネの実)・小米(xiăomĭ,アワの実)・玉米(yùmĭ,トウモロコシの実)・菰米(gūmĭ,マコモの実)・薏米(yìmĭ,ハトムギの実)・花生米(huāshēngmĭ,ラッカセイの実)などを区別する。
穀物が実ることを表す字としては、
 (秊,ネン,nián)は、禾(
穀物,いね)+人(ねっとりと実る)。
 (ジン,rĕn)は、禾(
穀物,いね)+念(中に含む,いっぱい詰まる)。
 ともに穀物について「みのる」「みのり」を意味する。転じて、穀物が実りに要する時間(
とし,一年)を言う。
 (トウ,dēng)も「みのる」意がある。穂を立てて実を上につけることから。
 日本では、『日本書紀』などに穀・穀物を「たなつもの」と読む。「種をつけるもの」の意で、イネを意味し、あるいは五穀を意味する。
 周代に由来する『詩経』『書経』『春秋左氏伝』などの古典では、主要な穀物を百穀と総称したが、戦国時代以降は五行思想の影響を受けて、五穀の称が生まれた。
 数多ある穀物を無理に5つにまとめるわけだから、諸書に見られる五穀の内容については一定しないが、おおむね
黍・稷・麥・豆(菽)・稻・麻のうちのいずれかであった。
 五穀の語は、『周礼』天官に見え、鄭玄の注に「五穀は、麻・黍・稷・麥・豆なり」とある。
 『孟子』滕文公章句上に、「后稷
(こうしょく)は民に稼穡(かしょく)を教へ、五穀を樹藝(じゅげい)す。五穀熟して民人(みんじん)育す」と。趙歧の注に「五穀は稻・黍・稷・麥・菽なり」と。
 『楚辞』招魂に、「五穀六仞」とあり、王逸の注に「五穀は稻・稷・麥・豆・麻なり」と。
 そのほか、『黄帝素問』の王冰の注に「粳米・小豆・麥・大豆・黄黍を謂う」とあり、『蘇悉地羯囉経』に「大麥・小麥・稻穀・大豆・胡麻を謂う」などとある。
 五穀は、主要な主食であるが、イネ・アワ・キビなどからは、酒を醸した。
 『礼記』「月令」に、五穀の農事暦(数字は旧暦)を載せて、
   一月、土地の宜しき所、五穀の殖(しょく)する所を相(み)て、以て民を教道す。
   四月、獣を駆りて五穀を害すること毋からしむ。
   七月、農乃ち穀を登
(すす)む。天子新を嘗(な)む。先づ寝廟に薦む。
        百官に命じて始めて収斂せしむ。
   九月、冢宰に命じて、農事 備収せしめ、五穀の要を挙げ、
        帝籍の収を神倉に蔵め、祗敬して必ず飭
(いまし)めしむ。
   十二月、民に告げて五種(五穀の種)を出さしめ、
        農に命じて耦耕の事を計り、耒耜
(らいし)を脩め、田器を具へしむ。
 『詩経』国風・豳風「七月」に、「十月は禾稼(かか。穀物)を納る、黍稷(しょしょく。キビ類) 重穋
(ちょうりく。おくてとわせ)、禾麻(くわま。イネアサ) 菽麦(しゅくばく。マメムギ)、嗟(ああ) 我が農夫よ、我が稼(穀物) 既に同(あつ)まれり、・・・其(まさ)に始めて百穀を播(ま)かんとす」と。
 『礼記』「内則(だいそく)に、主食の種類を上げて、「飯は、黍・稷・稲・粱・白黍(ハクショ)・黄粱(クワウリャウ)の 稰(ショ,熟した実を臼で搗いて食うこと)・穛(サク,未熟の実を蒸して臼で搗いて食うこと)あり」と。
 五穀の一としての麻の実体について、タイマゴマかをめぐり古来議論があり、今日においても決し難い。
 日本では、『古事記』上に、須佐之男命(すさのおのみこと)に殺された大気津比売(おおげつひめ)の体から五穀が生じたという。すなわち「故(かれ)、殺さえし神の身に生(な)れる物は、頭に蚕生り、二つの目に稲種生り、二つの耳に粟生り、鼻に小豆生り、陰(ほと)に麦生り、尻に大豆生りき」と。
 『日本書紀』神代第5段一書第11に、保食神(うけもちのかみ)に関わる同様の説話が載る。
 インドでは、『入楞伽経』食肉品に、修行者が食うのにふさわしい食物として「米・大麦・小麦・緑豆・豆・小豆・酪・胡麻油・蜜・粗糖・黒糖・蜜糖・糖汁」の13をあげ、食うべからざるものとして「肉・葱(ネギ)・酒・韮(ニラ)・蒜(ニンニク)」の5をあげる。



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