いね (稲) 

学名  Oryza sativa
日本名  イネ
科名(日本名)  イネ科
  日本語別名  アジアイネ、コメ
漢名  稻(トウ,dào)
科名(漢名)  禾本(カホン,héběn)科
  漢語別名  
英名  Rice
2006/05/05 神代植物公園
2005/06/04  東松山市上唐子 (田植えの前と後)
2005/05/23 富士見市東大久保 (田植えの直後)
2008/07/10 入間市宮寺
あかい花はヤブカンゾウ
2005/08/05 東大農園

 2013/08/03 茅野市
2004/08/02 富士見市下南畑
2009/09/26 入間市宮寺
2008/10/30 入間市宮寺
2009/11/05 奈良県明日香村 

 イネ Oryza sativa には、熱帯型の長粒種と 温帯型の短粒種があり、前者をインディカ種 subsp.Indica(,セン,xiān)・後者をジャポニカ種 subsp.Japonica(,コウ,jīng)と呼んで区別する。
 コメに含まれる澱粉質の成分の違いから、粘り気の強いモチ種(,ダ,nuò)と、普通のウルチ種を区別する。
 中国には、色のついた米として紫米(zimi)・紅米(hongmi)などがあり、また香りのついた米として香粳(xiangjing)がある。
 イネ属 Oryza(稻屬)には、世界の熱帯に24種がある。

   アフリカイネ O. glaberrima(光稃稻)
栽培イネ2種の内の1種、熱帯アフリカ西部産 
   O. rufipogon(O.nivara;野生稻)
イネの祖先、
         熱帯・亜熱帯アジア~北オーストラリア産。東亜では中国(両広・雲南)・臺灣に分布。 
   イネ
(アジアイネ) O. sativa(稻) 栽培イネ2種の内の1種 
    
 イネ科 Poaceae(Gramineae;禾本 héběn 科)については、イネ科を見よ。
 中国において古来穀物を表してきたさまざまなことば(文字)については、五穀を見よ。
 そのうち、(コク,gŭ)・
(カ,hé)は、古く雑穀が山地で混栽されていた時代には、穀類の総称であった。穀は「堅い殻に包まれた穀物の実」の意、禾は「穂を垂れた穀物(ことにはアワ)の株」の象形文字。また(ゾク,sù)も「ぱらぱらとした小さな穀物の実」の意。
 後に農業が発展して単作農耕へと移行すると、北方の粟作地帯ではアワを表す文字としてが、南方の稲作地帯ではイネを表す文字としてが用いられた。
 漢語の(トウ,dào)は、もとは「米を搗きおえて臼から取り出す(あるいは臼の中でこねる)」意。金文に見える。
 また水稲は、ベトナム語の chiem(沼)という語を音写して、占(秥)zhān,zhàn・()xiān・(秔・)jīng などと呼んだ。
 (ベイ,mĭ)は「穀物の小さい粒粒」を表す象形文字、一般に脱穀した穀物を指す。
 日本では、深江輔仁『本草和名』(ca.918)に、粳米は「和名宇留之祢」、稲米・稌米は「和名多々与祢」、陳廩米は「和名布留岐与祢」、孼米は「和名毛也之」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)に、稲は「今案、稲熟有早晩取其名。和名、早稲、和勢。晩稲、於久天」、芒は「和名乃木」、穂は「和名保」と。また米は「和名与禰」、秔米は「和名宇流之禰」、糯は「毛知与禰」などと。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』18(1806)に、「稻 モチノヨネ
和名鈔 モチヨネ モチゴメ」、「粳 ウルシネ和名鈔 ウルゴメウルノコメ ウルチ江戸、「秈 タイトウゴメ トウボシ筑前 トウボウシ加州釈名」と。
 英名の rice・ラテン名の oryza などは、皆 サンスクリット語のヴリーヒ vrīhi に起源する。
 一説に、日本語のウルチも同源とする。
 イネ(アジアイネ)は栽培種であり、世界の熱帯・亜熱帯地方に20種以上が自生しているイネ属 Oryza の野生種のうちの O.perennis から作られたという。
 旧来、原産地は四千年前のインド・アッサムから中国・雲南地方と考えられてきたが、近年では一万年ほど前の長江中下流域
(湖南から江南)とする説が行われている。
 日本には縄文時代晩期に中国から入り、弥生時代には高度の水田稲作が営まれた。
 中国古代のイネについては、五穀を見よ。
 中国では、熟した穎果の発芽したものを穀芽・稻芽と呼び、薬用にする。
『中薬志Ⅱ』pp.162-166 
 『礼記』「月令」九月に、「天子乃ち犬を以て稲を嘗む。先づ寝廟に薦む」と。
 同十一月には、「大酋
(酒造りの長)に命じて、秫稲(じゅつたう。もちごめ)必ず斉(ととの)へ、麹糵(きくげつ。こうじ)必ず時にし、湛熾(せんし)必ず潔くし、水泉必ず香(かうば)しくし、陶器必ず良くし、火斉必ず得しむ。兼ねて六物を用ふるや、大酋之を監して、差貸(さじ)すること有る毋からしむ」と。
 『詩経』国風・豳風「七月」に、「十月は稲を穫る」と。
 『礼記』「内則」に、犬の肉の羹(あつもの)や 兔の肉の羹には、コメの粉を溶いて餡かけにすると。おじやの一種か。
 中国では、さまざまに絵画化されている。
  ○ 元・作者不詳「稲穂図」(日本/個人蔵)
  ○ 元・作者不詳「嘉禾図」軸(臺北/國立故宮博物院蔵) 
 日本では、『古事記』上に、須佐之男命(すさのおのみこと)に殺された大気津比売(おおげつひめ)の体から五穀が生じたという。すなわち「故(かれ)、殺さえし神の身に生(な)れる物は、頭に蚕生り、二つの目に種生り、二つの耳に生り、鼻に小豆生り、陰(ほと)生り、尻に大豆生りき」と。
 『日本書紀』神代第5段一書第11に、
保食神(うけもちのかみ)に関わる、よく似た説話が載る。
 『日本書紀』24皇極天皇元年2月に、「丁丑に、熟稲(あからめるいね)始めて見ゆ」と。
 古代には、イネを用いて城を作ったことがある。
 『日本書紀』6垂仁天皇5年10月に、「忽
(たちまち)に稲を積みて城(き)を作る。其れ堅くして破るべからず。此を稲城と謂ふ」と。雄略天皇14年4月に、「根使主(ねのおみ)、逃げ匿れて、日根に至りて、稲城を造りて待ち戦ふ」と。崇峻天皇即位前紀7月に、「大連(物部の守屋のおほむらじ)、親(みづか)ら子弟(やから)と奴軍(やっこいくさ)を率(ゐ)て、稲城を築(つ)きて戦ふ」と。
 倉卒の間に築くものであり、稲穂か籾を積み上げたものであろうという。
 日本では、生薬コウベイ(粳米)は イネの果実である(第十八改正日本薬局方)。
 『万葉集』には、イネ・稲作に関わる歌は44首ある。文藝譜を見よ。
 いくつか例示する。

   石上(いそのかみ) ふる(布留)の早稲田(わさだ)の 穂には出でず
     心のうちに恋ふるこの頃
(9/1768,抜気大首)
   恋ひつつも稲葉掻きわけ家居れば乏しくもあらず秋のゆう風
(10/2230,読人知らず)
   吾が蒔ける早田の穂立ち造りたる蘰
(かづら)そ見つつしの(偲)はせ吾が背
   吾妹児が業
(わざ)と造れる秋の田の早穂(わさほ)の蘰見れど飽かぬかも
      
(8/1624;1625,坂上大娘が「秋の稲の蘰」を大伴家持に贈る歌と、大伴家持が答える歌)
   妹が家の門田を見むと打ち出来し情
(こころ)もしるく照る月夜かも (8/1596,大伴家持)
   秋の田の穂の上に霧
(き)らふ朝霞何処辺(いづへ)の方に我が恋ひ息(や)まむ (2/88,磐姫皇后)
   秋田刈る仮廬(かりほ)の宿のにほふまで咲ける秋芽子見れど飽かぬかも
(10/2100,読人知らず)
   秋田刈る 仮廬を作り 吾が居れば 衣手寒く 露置きにける
(10/2174,読人知らず)
     
(『新古今集』、秋田もるかり庵作りわがをれば衣手さむし露ぞ置きける、読人不知)
     
(『後選集・百人一首』、秋の田のかりほの庵のとまをあらみわがころもでは露にぬれつゝ、天智天皇)
   秋田刈る仮廬も未だ壊
(こぼ)たねば雁がね寒し霜も置きぬがに (8/1556,忌部首黒麿)
   たれ
(誰)そこのや(屋)のと(戸)お(押)そぶるにふなみ(新嘗)
     わがせ
(背)をや(遣)りていは(斎)ふこのと(戸) (14/3461,読人知らず)
   いね
(稲)(舂)けばかか(皹)るあ(吾)がて(手)をこよひ(今夜)もか
     との
(殿)のわくご(若子)がと(取)りてなげ(嘆)かむ (14/3459,読人知らず)
 
 『八代集』に、

   昨日こそ さなへとりしか いつのまに いなばそよぎて 秋風のふく
   ほにもいでぬ 山田をもると 藤衣 いなばの露に ぬれぬ日はなし
   かれる田に おふるひづちの ほにいでぬは 世を今更に 秋はてぬとか
   秋の田の ほにこそ人を こひざらめ などか心に 忘しもせむ

   あきの田の ほの上をてらす いなづまの ひかりのまにも 我やわするる
     
(以上、よみ人しらず、『古今集』)
   山田もる 秋のかりいほに おく露は いなおほせどりの なみだなりけり
     
(壬生忠岑「これさだのみこの家の歌合のうた」、『古今集』)
   ひとりして 物を思へば 秋の田の いなばのそよと いふ人のなき
     
(凡河内躬恒、『古今集』)
   あらを田を あらすきかへし かへしても 人の心を 見てこそやまめ
     
 (よみ人しらず)

   夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く
     
(源常信、『金葉集』『百人一首』)

 西行
(1118-1190)『山家集』に、

   苗代の 水を霞は たなびきて 打ち樋の上に かくるなりけり
   たしろ
(田代)みゆる いけのつつみ(堤)の かさ(嵩)そへて
     たた
(湛)ふる水や 春のよ(夜)のため
   ますげ
(真菅)(生)ふる やまだにみづを まかすれば
     うれしがほにも なくかはづ
(蛙)
   さみだれに をだ
(小田)のさなへや いかならん
     あぜのうきつち あらひこ
(漉)されて
   さみだれの ころにしなれば あらをだ
(荒小田)
     人もまかせぬ みづ
(水)たたひけり
   五月雨は やまだのあぜの たき
(瀧)まくら
     かずをかさねて お
(落)つるなりけり
   つた
(伝)ひくる うちひ(打樋)をたえず まかすれば 山田は水も おもはざりけり
   いほ
(庵)にもる 月の影こそ さびしけれ
     やまだはひた
(引板)の おとばかりして
   なにとなく つゆぞこぼるゝ あきの田に ひた(引板)ひきならす 大原のさと (寂然)
   ひかりをば くもらぬ月ぞ みがきける
     いなば
(稲葉)にかゝる あさひこ(朝日子)のたま
   夕露の たま
(玉)しくをだ(小田)の いなむしろ
     かぶすほずゑ
(穂末)に 月ぞすみける
   をやまだ
(小山田)の いほ(庵)ちかくなく 鹿の音に
     おどろかされて おどろかす哉
   こはぎさく 山だのくろ
(畔)の むしのねに いほ(庵)も(守)る人や 袖ぬらすらん
   うづら
(鶉)ふす かりた(刈田)のひつじ(穭) お(生)ひいでて
     ほのかにてらす みか
(三日)月のかげ
 
 『小倉百人一首』に

   秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつゝ
(天智天皇)
   夕されば門田の稲葉おとづれてあしのまろやに秋風ぞ吹く (大納言経信)
 
 芭蕉(1644-1694)の句に、

   元日は田ごとの日こそ恋しけれ

   風流の初やおくの田植うた

   早苗とる手もとや昔しのぶ摺

   田一枚植て立去る柳かな

   雨折々思ふ事なき早苗哉

   田や麦や中にも夏のほととぎす

   よの中は稲かる頃か草の庵 
(「人に米をもらふて」)
   稲雀茶の木畠や逃げどころ

   かりかけしたづらのつるやさとの秋

   稲こきの姥もめでたし菊の花

   新わらの出そめて早き時雨哉

  二番草取りも果さず穂に出て (去来,『猿蓑』1691)
   
(幸田露伴評釈に、「稲田の草を除くに、最初にするを一番草、それより二番草、三番草と云ひ、四番草、五番草にも及ぶなるに、二番草を取るや摂らず穂の出たるとは、陽気満足りて豊稔疑無きなり」と)

 蕪村
(1716-1783)の句に、

   苗代や鞍馬の桜ちりにけり

   よもすがら音なき雨や種俵

   けふはとて娵
(よめ)も出たつ田植哉
   午の貝田うた音なく成にけり

   見わたせば蒼生
(あをひとぐさ)よ田植時
   早乙女やつげのおぐしはさゝで来し

   山々を低く覚ゆる青田かな

   帰る雁田ごとの月の曇る夜に
   水落て細脛高きかゞし哉
   秋されや我身ひとつの鳴子引
   早稲の香や聖とめたる長がもと
   稲かれば小草
(をぐさ)に秋の日のあたる
   新米の坂田は早しもがみ河
   升飲みの価は取らぬ新酒哉
   落穂拾ひ日あたる方へあゆみ行
(ゆく)
 
 村はずれの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃がある。色よく黄ばんだ晩稲(おしね)の露をおんで、シットリとし打伏した光景は、気のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めである。(伊藤左千夫『野菊の墓』1906)

   赤楊(はんのき)の黄葉(きば)ひるがへる田中路、
   稻搗
(いなき)をとめが靜歌(しづうた)に黄(あめ)なる牛はかへりゆき、・・・
      
薄田泣菫「望郷の歌」(『白羊宮』1906)より

   ふくらめる陸稲
(をかぼ)ばたけに人はゐずあめなるや日のひかり澄みつつ
      
(1914,斉藤茂吉『あらたま』)
   ゆふぐれの日に照らされし早稲の香をなつかしみつつくだる山路
      (1921,斎藤茂吉『つゆじも』)
   すがしくも胸門
(むなと)ひらけばこの県(あがた)の稲の稔りを見て立つわれは
      
(1945,齋藤茂吉『小園』) 

      俵は ごろごろ
        お蔵にどっさりこ
      お米はざっくりこで
        チュチュ鼠はにっこりこ
      お星さまぴっかりこ
        夜のお空で ぴっかりこ
          
(野口雨情「俵はごろごろ」1925)
 

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