もみじ・かえで 

 日本語で一般に「かえで」とは、カエデ属の植物の総称。「もみじ」はその通称。
 カエデ属は、かつてはカエデ科に属していたが、今日のAPG分類ではムクロジ科 Sapindaceae(無患子 wúhuànzĭ 科) に移されている。
 カエデ属 Acer(槭 qì 屬)には、世界に 北半球の温帯を中心に約130(-200)種があり、日本には27種が、中国には96種(一説に140餘種)が自生している。

  A. albopurpurascens(A.litseaefolium;紫白楓・長葉槭) 臺灣産 
  アマミカジカエデ A. amamiense
 奄美大島産 
  A. amoenum
    オオモミジ
(ヒロハモミジ) var. amoenum(A.palmatum var.amoenum)
    ヤマモミジ var. matsumurae(A.palmatum var.matsumurae, A.matsumurae)
    ナンブコハモミジ var. nambuanum(A.palmatum var.nambuanum)
  アサノハカエデ A. argutum
 本州(福島県以南)・四国産 
  ナンゴクミネカエデ A. australe (A.tschonoskii var.australe,
         A.tschonoskii var.macrophyllum)
 本州・四国・九州産 
  A. barbinerve(髭脈槭・毛脈槭)
 『中国本草図録』Ⅳ/1734
  トウカエデ A. buergerianum(三角槭)
 
  A. caesium(深灰槭・粉白槭・太白槭) 『中国本草図録』Ⅴ/2196
    ssp. giraldii(太白深灰槭) 
『雲南の植物Ⅰ』170
  コブカエデ A. campestre
  ホソエカエデ(ホソエウリハダ・アシボソウリノキ) A. capillipes
         (A.pennsylvanicum var.capillipes;細柄槭)
  A. cappadocicum var. sinicum(小葉靑皮楓)
 湖北・四川・雲南産 『雲南の植物Ⅰ』172
  チドリノキ(ヤマシバカエデ) A. carpinifolium
  A. catalpifolium(梓葉槭)
  A. caudatifolium(A.kawakamii;尖尾槭)
臺灣産 
  A. caudatum
    var. caudatum(長尾槭)
チベット・ヒマラヤ産 
    var. prattii(川滇長尾槭) 
四川・チベット・ミャンマー産 『雲南の植物Ⅰ』174
  ミツデカエデ A. cissifolium(蘞苺槭・三出槭樹)
  A. cordatum(紫果槭)
 華東・兩湖・兩廣・四川産 
  A. coriaceifolium(A.cinnamomifolium;革葉槭・樟葉槭) 浙江・福建・江西・兩湖・兩廣・貴州産 
  ウリカエデ(メウリノキ) A. crataegifolium
  A. davidii(靑榨槭)
 華北・華東・兩湖・西南産 『雲南の植物Ⅱ』176・『中国本草図録』Ⅸ/4224
  カジカエデ(オニモミジ) A. diabolicum
  ヒトツバカエデ(マルバカエデ) A. distylum
  A. erianthum(毛花槭)
陝西・湖北・四川。雲南産 
  A. fabri(羅浮槭・紅翅槭・蝴蝶果)
兩湖・兩廣・四川産 『中国本草図録』Ⅰ/0188
  A. flabellatum(扇葉槭)
江西・湖北・廣西・西南産 
  A. forrestii(麗江槭)
 雲南・四川産 『雲南の植物Ⅰ』174
  A. franchetti(毛果槭・房縣槭) 『中国本草図録』Ⅶ/3209
  アカハダメグスリノキ A. griseum(血皮槭)槭
  A. henryi(建始槭)
 ミツデカエデに近縁 河南・陝甘・江蘇・浙江・安徽・兩湖・四川・貴州産 
  シマウリカエデ A. insulare
 琉球産 
  クスノハカエデ A. itoanum(A.oblongum subsp.itoanum;飛蛾槭)
奄美・琉球・臺灣産 
  ハウチワカエデ (メイゲツカエデ) A. japonicum(var.stenolobum, var.kobakoense;
         羽扇槭;E.Fullmoon maple)
    エゾメイゲツカエデ f. macrophyllum
    オオメイゲツ var. circumlobatum(var.insulare)
  チョウセンミネカエデ A. komarovii(A.tschonoskii var.rubripes;小楷槭)
         
朝鮮(北部)・遼寧・吉林・極東ロシア産 
  A. kungshanensis(貢山楓) 
『雲南の植物Ⅰ』176
  A. laevigatum(光葉槭) 陝西・湖北・西南産 『中国本草図録』Ⅵ/201
  A. laurinum(A.decandrum;長翅槭・十蕊楓)
雲南産 
  A. mandshuricum(東北槭・白牛槭・白牛子) 遼寧・吉林・黑龍江産 
  メグスリノキ
(ミツハギハナ・チョウジャノキ) A. maximowiczianum(毛果槭)
  A. maximowiczii(五尖槭・三出毛柄槭樹) 河南・山西・陝甘・兩湖・西南産 
  コミネカエデ A. micranthum
 本州・四国・九州産 
  クロビイタヤ A. miyabei
 北海道南部・青森県・秋田県北部・岩手縣・長野県菅平に産 
    シバタカエデ f. shibatae(A.miybei var.shibatae, A.shibatae)
  ヤクシマオナガカエデ A. morifolium(A,capillipes var.morifolium)
 屋久島産 
  トネリコバノカエデ (ネグンドカエデ) A. negundo(梣葉槭・復葉槭)
         
 北米原産。 『中国本草図録』Ⅹ/4718
  テツカエデ A. nipponicum(A.parviflorum)
本州(岩手秋田以南)・四国・九州産 
  A. oliverianum(五裂槭)
河南・陝甘・兩湖・廣西・西南産 
  イロハモミジ (イロハカエデ・タカオカエデ・カエデ) A. palmatum(鷄爪槭;E.Japanese maple)
    タムケヤマ cv.'Tamukeyama'
    トヤマ cv.'Toyama'
  A. paxii(金沙槭) 雲南産 『雲南の植物Ⅱ』177
  A. pectinatum(箆葉楓) 
雲南産 『雲南の植物Ⅰ』175
  A. pentaphyllum(五小葉槭)
 四川産 
  イタヤカエデ A. pictum(A.mono;地錦槭・水色樹・色木槭・色木・五龍皮・五角槭)
    オニイタヤ
(ケイタヤ) subsp. pictum 
      フイリオニイタヤ f. pictum(A.mono f.marmoratum, A.mono f.albo-maculatum)
      オニイタヤ f. ambiguum(A.mono var.ambiguum)
      ミヤマオニイタヤ f.pulvigerum(A.mono var.ambiguum f.pulvigerum)
    エンコウカエデ subsp. dissectum(A.pictum var.dissectum)
      エンコウカエデ f. dissectum(A.mono f.dissectum)
      ケエンコウカエデ f. piliferum(A.mono var.marmoratum f.piliferum)
      ウラゲエンコウカエデ f. connivens(A.mono var.connivens)
      ケウセゲエンコウカエデ f. puberulum(A.mono var.marmoratum f.puberulum)
    アカイタヤ
(ベニイタヤ) subsp. mayrii
    イトマキイタヤ
(モトゲイタヤ) subsp. savatieri(A.pictum var.savatieri,
         A.mono var.trichobasis)

    エゾイタヤ subsp. mono(A.pictum var. parvifolium;五角楓)

      エゾイタヤ f.mono(A.mono var.glabrum)

      オオエゾイタヤ f. magnificum(A.mono var.magnificum)
    ウラジロイタヤ subsp. glaucum(A.mono var.glaucum)

    タイシャクイタヤ subsp. taishakuense(A.mono var.taishakuense)

  ノルウェーカエデ A. platanoides(挪威槭)
 歐洲原産
  セイヨウカジカエデ A. pseudoplatanus
  チョウセンハウチワカエデ A. pseudosieboldianum(var.koreanum,A.palmatum
         var.pilosum;紫花槭・假色木)
朝鮮北部・遼寧・吉林・黑龍江・ロシア沿海州産 
  A. pubipetiolatum(毛柄槭)
 雲南産 『中国本草図録』Ⅵ/201
  ハナノキ (ハナカエデ) A. pycnanthum (A.rubrum var.pycnanthum)
  アメリカハナノキ A. rubrum(紅花槭・美國紅楓;E.Red maple)
  ウリハダカエデ A. rufinerve(瓜皮槭)
  ギンカエデ (ギンヨウカエデ) A. saccharinum(銀槭)
 欧米原産
  サトウカエデ
 A. saccharum(糖槭;E.Sugar maple) 欧米原産
  オオイタヤメイゲツ A. shirasawanum
  コハウチワカエデ(イタヤメイゲツ) A. sieboldianum
  A. sinense(中華槭)
兩湖・兩廣・四川・貴州産 
  A. stachyophyllum subsp.betulifolium(A.tetramerum var.betulifolium;
          蒿苹四蕊槭・樺葉四蕊槭) 
陝甘産 『雲南の植物Ⅰ』176 
  A. tataricum
    subsp. tataricum(韃靼槭)
    チョウセンカラコギカエデ subsp. ginnala(A.ginnala var.ginnala;茶條・茶條楓・楓槭)
    subsp. semenovii(A.semenovii;天山槭・天山楓)
    subsp. theiferum(A.theiferum;苦條楓・桑芽槭)
    カラコギカエデ subsp. aidzuense(A.ginnala var.aidzuense, A.aidzuense)
  A. tegmentosum(靑楷槭) 黒龍江・吉林・遼寧産 『中国本草図録』Ⅶ/3211
  ヒナウチワカエデ A. tenuifolium (A.shirasawanum var.tenuifolium)
         
本州(福島県以南)・四国・九州に産 
  A. triflorum(三花槭) 朝鮮・中国東北産 『中国本草図録』Ⅶ/3212
  A. truncatum(元寶槭・平基槭・五角槭)
 華北・東北・内蒙古・陝甘・江蘇産 『中国本草図録』Ⅳ/1735 
         
黄河下流域に広く分布し、古代に槭と呼ばれた樹木は是だろうという
  ミネカエデ
(オオバミネカエデ) A. tschonoskii(A.tschonoskii var. macrophyllum)
         
千島・北海道・本州(福井岐阜静岡以北)産 
  オガラバナ(ホザキカエデ) A. ukurunduense(A.caudatum subsp.ukurunduense;花楷槭)
  A. wilsonii(三峽槭) 雲南産 
   
 ムクロジ科 SAPINDACEAE(無患子 wúhuànzĭ 科)については、ムクロジ科を見よ。
かえでについて。
 かえでは、「かへるで(蛙手)」が「かへで」と転訛したもの、葉の形から。「かえで」は、その現代表記。
 源順『倭名類聚抄』(ca.934)鷄冠木に「楊氏漢語抄云鷄冠木、〔賀倍天乃木。辨色立成云、鷄頭樹、加比留提乃木。今案、是一木名也〕」と。
はな・はなのきについて。
 「園裡の名称「名月」をメイゲツカエデと称し、俚称イタヤにイタヤカエデの名を用いるのは、知識階級のしたことに相違ない。なぜなら「蛙手(かえるで)」から起ったカエデという語は、田夫野人の間にはほとんど顧られることがなく、したがって何々カエデという土名は皆無というべきである。カエデの類を表す語は然らば何かといえば、・・・ハナまたはハナノキであって、ヤマシバカエデマルバカエデのごとき、一見カエデの類とは思われぬような姿のもの以外、大抵何々バナの名が与えられている。・・・」
(武田久吉『民俗と植物』)
 標準和名をメグスリノキというものにも、ミツバハナという別名がある。今日の標準和名をハナノキと言うものは、ハナノキ
(ハナカエデ) A. pycnanthum(A.rubrum var.pycnanthum)。 
もみじについて
 晩秋に木々の葉が赤や黄に変色することを、奈良時代に「もみつ」と言い、それが平安時代に「もみづ」と濁った。名詞形はこれらの連用形に由来し、奈良時代に「もみち」、平安時代以降「もみぢ」と言った。「もみじ」はその現代仮名表記であり、
  1. 晩秋に木々の葉が赤や黄に変色すること
  2. もみじの美しい木、ことにイロハモミジとその近縁のカエデ類
を言う。
 名月・常盤などの名は、元禄頃の花戸の雅名か。
 カエデ属の植物の漢名は、(シュク,qì)である。
 漢名を(フウ,fēng)という植物は、マンサク科のフウ。したがって、日本でカエデに楓の字を用いるのは誤り。(とはいえ、近年の中国でも槭と楓とを通用している)。
 
かえでについて。
 『万葉集』に、

   吾が屋戸
(やど)のもみつる蝦手(かへるで)見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日は無し
      
(8/1623,大伴家持)
   こもちやま
(子持山)わか(若)かへるでのもみつまで
      宿
(ね)もとわ(我)はも(思)ふ汝はあ(何)どかもふ (14/3494,読み人知らず)
 
もみじについて。
 動詞「もみつ」の用例は、『万葉集』に、

   秋山の木の葉も未だ
もみたねば(赤者)けさ吹く風は霜も置きぬべく (10/2232,読人知らず)
   雁がねの寒き朝けの露ならし春日の山を
もみたす(令黄)物は (10/2181,読人知らず)
   ・・・秋の葉の もみたふ(黄色)時に・・・
(19/4187,大伴家持)
   九月の白露負いて足ひきの山の
もみたむ(将黄変)見まくしもよし (10/2201,読人知らず)
   此の里は継ぎて霜や置く夏の野に吾が見し草はもみち
(毛美知)たりけり (19/4268,佐佐貴山君)
   雲の上に鳴きつる雁の寒きなべ芽子の下葉は
もみち(黄変)ぬるかも (8/1575,読人知らず)
   雁がねの来鳴きしなへに韓衣
(からごろも)たつ田の山はもみち(黄)(そ)めたり
      
(10/2194,読人知らず)
   雁がねの声聞くなへに明日よりはかすがの山は
もみち(黄)始めなむ (10/2195,読人知らず)
   あまくも
(天雲)にかり(雁)そな(鳴)くなるたかまと(高円)
     はぎ
(萩)のしたば(下葉)もみち(毛美知)(敢)へむかも (20/4296,中臣清麿)
   春去れば 花咲きををり 秋づけば 丹の穂にもみつ(黄色)・・・
      
 (13/3266,読人知らず)
   こもちやま
(子持山)わか(若)かへるで(蛙手)もみつ(毛美都)まで
      宿
(ね)もとわ(我)はも(思)ふ汝はあ(何)どかも(思) (14/3494,読み人知らず)
   足引の山さな葛(かづら)もみつ(黄変)まで妹にあはずお吾が恋ひ居らむ (10/2296,読人知らず)
   秋山に
もみつ(黄反)木の葉の移りなば更にや秋を見まく欲りせむ (8/1516,山部王)
   吾が屋戸
(やど)もみつ(黄変)蝦手(かへるで)見る毎に妹を懸けつつ恋ひぬ日は無し
      
(8/1623,大伴家持)
   吾が背子が白たへ衣往き触ればにほひぬべくも
もみつ(黄変)山かも (10/2192,読人知らず)
   吾が屋前
(やど)の芽子(はぎ)の下葉は秋風も未だ吹かねばかくそもみてる(毛美照)
         (8/1628,大伴家持)


 動詞「もみづ」は、『古今集』に、

   物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひ行をかぎりと思へば
(よみ人しらず)
   雪ふりて年のくれぬる時にこそつゐにもみぢぬ松もみえけれ (よみ人しらず)

などと見える。

 名詞「もみち
」「もみちば」は、『万葉集』に、

   ・・・秋山の 木の葉を見ては
   黄葉をば 取りてそしのふ 青きをば 置きてそ歎く
   そこし恨めし 秋山吾は 
(1/16,額田王)

   ・・・秋立てば 黄葉頭
(かざ)せり・・・(1/38,柿本人麻呂)
   ・・・大舟の 渡りの山の 黄葉の 散りの乱
(まが)ひに・・・(2/135,柿本人麻呂)
   ・・・九月
(ながつき)の しぐれの時は 黄葉を 折り挿頭(かざ)さむと・・・(3/423,山前王)

などなど多数あり、この黄葉を 「もみち、もみちば」と読む。

   春日野にしぐれふる見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山 (8/1571,藤原八束)
   経
(たて)も無く緯(ぬき)も定めず未通女(をとめ)らが織れる黄葉に霜なふりそね
      
(9/1512,大津皇子)
   手折らずて落
(ち)りなば惜しと我が念ひし秋黄葉を挿頭しつるかも
   希
(めづら)しき人に見せむと黄葉を手折りそ我来し雨のふらくに (8/1581;1582,橘奈良麿)
   皇
(おおきみ)のみ笠の山の秋黄葉は今日のしぐれに散りか過ぎなむ (8/1554,大伴家持)
   足引の山の黄葉今夜もか浮かびゆくらむ山河の瀬に
(8/1587,大伴書持)
   言とはぬ 木すら春開き 秋づけば もみち
(毛美知)ちらくは 常を無みこそ (19/4161,大伴家持)

 『万葉集』には、いくつか「紅」「紅葉」と書いてもみつ・もみち(ば)と読む例がある。

   秋芽子の下葉紅
(もみちぬ)あら玉の月のへゆけば風疾みかも (10/2205,読人知らず)
   妹がりと馬に鞍置きてい駒山うち越え来れば紅葉散りつつ
(10/2201,読人知らず)
      ・・・九月
(ながづき)の・・・かむなび(神名火)の・・・
      百足らず 五十槻
(いつき)が枝に みず(瑞)枝指す秋の紅葉・・・
      手弱女に 吾は有れども 引き攀じて 峯もとををに
      ふさ手折り 吾は持ちて往く きみが頭刺
(かざし)
       反歌
      独りのみ見れば恋しみ神名火の山の黄葉を手折りけり君
       
(13/3223;3224,読人知らず)

 また、「紅」をくれなゐと読んで、もみじのようすをあらわすことがある。

   春はもえ 夏は緑に 紅の 綵色
(しみいろ)に見ゆ 秋の山かも (10/2177,読人知らず)
   しぐれの雨 間無くな零りそ 紅に にほへる山の 落らまく惜しも
(8/1594読人知らず)
   紅の 浅葉の野良に 苅る草の 束の間も 吾
(あ)を忘らすな (11/2763,読人知らず)
   ・・・春去れば 春霞立ち 秋往けば 紅にほふ かむなびの 三諸の山は ・・・
      
(13/3227,読人知らず)
   たけしき(竹敷)の うへかた山は くれなゐの
     やしほのいろに なりにけるかも
 (15/3703,大蔵忌寸麿)
 
 平安時代以降、もみぢは紅葉と書く。
 『古今集』に、

   物ごとに 秋ぞかなしき もみぢつゝ うつろひゆくを かぎりとおもへば
 (よみ人しらず)
   もみぢばの ちりてつもれる 我やどに たれをまつむし こゝらなくらん (同)
   いとはやも なきぬるかりか 白露の 色どる木々も もみぢあへなくに (同)
   奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の こゑきく時ぞ 秋はかなしき
(同)
     (『百人一首』では、猿丸大夫の作と)
   もみぢせぬ ときはの山は 吹くかぜの をとにや秋を きゝわたる覧
 (紀淑望)
   霧立ちて 鴈ぞなくなる 片岡の 朝の原は もみぢしぬらん
 (よみ人しらず)
   千はやぶる 神なび山の もみちばに 思はかけじ うつろふものを (同)
   おなじえを わきてこのはの うつろふは 西こそ秋の はじめなりけれ
     
(藤原勝臣「貞観(859-877)の御時 綾綺殿のまへにむめの木ありけり。にしのかたにさせりける枝の
         もみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどもの よみけるついでによめる」)

   秋風の 吹きにし日より をとは山 みねのこずゑも 色づきにけり
     
(紀貫之「いし山にまうでける時、をとは山のもみぢをみてよめる」)
   雨ふれど 露ももらじを かさとりの 山はいかでか もみぢそめけん
 (在原元方)
   あめふれば かさとり山の もみぢばは 行きかふ人の 袖さへぞてる
 (壬生忠岑)
   ちらねども かねてぞをしき もみぢばは 今は限りの 色とみつれば
 (よみ人しらず)
   奥山の いはかきもみぢ ちりぬべし てる日の光 みる時なくて
     
(藤原関雄「宮づかへひさしうつかまつらで山ざとにこもり侍りけるによめる」)
   龍田川 紅葉みだれて ながるめり わたらば錦 中やたえなむ
   たつ田川 もみぢばながる 神なびの みむろの山に 時雨ふるらし
   こひしくは みてもしのばん もみぢばを 吹きなちらしそ 山おろしのかぜ
   秋風に あへずちりぬる もみぢばの ゆくへさだめぬ 我ぞかなしき
   あきはきぬ 紅葉はやどに ふりしきぬ 道ふみわけて とふ人はなし
   ふみわけて 更にやとはむ もみぢばの ふりかくしてし 道とみながら
   秋の月 山辺さやかに てらせるは おつるもみぢの かずをみよとか
   吹く風の 色のちぐさに みえつるは 秋のこのはの ちればなりけり
(以上、よみ人しらず)
   わび人の わきてたちよる このもとは たのむかげなく もみぢちりけり
     
(僧正遍昭「うりんゐんの木のかげにたゝずみてよめる」)
   もみちばの 流てとまる みなとには 紅深き 浪や立らむ
     
(素性法師「二条の后(藤原高子,842-910)の春宮のみやす所と申しける時に、
          御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる」)
   千はやぶる 神世もきかず 龍田川 から紅に 水くゝるとは (在原業平、『百人一首』にも)
   みる人も なくてちりぬる 奥山の もみぢはよるの 錦なりけり (紀貫之)
   たつたひめ たむくる神の あればこそ 秋のこのはの ぬさとちるらめ 
(兼覧王)
   秋の山 もみぢをぬさと たむくれば すむわれさへぞ たび心ちする
     
(紀貫之「をのといふ所にすみ侍りける時、もみぢをみてよめる」)
   神なびの 山をすぎ行く 秋なれば たつた川にぞ ぬさはたむくる
     
(清原深養父「神なび山をすぎてたつた川をわたりける時に、もみぢのながれけるをよめる」)
   もみぢばの ながれざりせば たつた川 水の秋をば たれかしらまし
 (坂上是則)
   山がはに 風のかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり
     
(春道列樹「しがの山ごえにてよめる」、『百人一首』にも)
   風ふけば おつるもみぢば 水きよみ ちらぬかげさへ そこにみえつゝ
     
(凡河内躬恒「池の辺にてもみぢのちるをよめる」)
   立ちとまり みてをわたらん もみぢばは 雨とふるとも 水はまさらじ
     
(凡河内躬恒「亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人の、もみぢのちる木のもとに、
         むまをひかへてたてるをよませたまひければ、つかうまつりける」)

   紅葉ばは 袖にこきいれて もていでなん 秋は限と みむ人のため
     
(素性法師「きた山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるに」)
   み山より おちくる水の 色みてぞ 秋はかぎりと 思ひしりぬる
     
(藤原興風「寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられければ、
          たつたがはもみぢばながるといふうたをかきて、そのおなじ心をよめりける」)

   年ごとに もみちばながす 龍田川 みなとや秋の とまりなるらん
     
(紀貫之「秋のはつる心をたつたがはに思ひやりてよめる」)
   みちしらば たづねもゆかん もみぢばを ぬさとたむけて 秋はいにけり (凡河内躬恒)
   このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
     
(菅原道真「朱雀院のならにおはしましたりける時に、たむけ山にてよめる」、『百人一首』にも)
   たむけには つゞりの袖も きるべきに もみぢにあける かみやかへさん
 (素性法師)
   ちゞの色に うつろふらめど しらなくに 心し秋の もみぢならねば
 (よみ人しらず)
   しぐれつゝ もみづるよりも ことのはの 心の秋に あふぞわびしき (よみ人しらず)
   神な月 しぐれにぬるゝ もみぢばは たゞわび人の たもとなりけり
     
(凡河内躬恒「はゝがおもひにてよめる」)
   うちつけに さびしくもあるか もみぢばも ぬしなきやどは 色なかりけり
     
(近院の右大臣「河原のおほいまうちぎみ(源融)の身まかりての秋、かの家の辺をまかりけるに、
         もみぢの色まだふかくもならざりけるをみて、かの家によみていれたりける」)

   もみぢばを 風にまかせて みるよりも はかなき物は 命なりけり
     
(大江千里「やまひにわづらひ侍りける秋、こゝちのたのもしげなくおぼえければ、
         よみて人のもとへつかはしける」)

   つくばねの 嶺のもみぢば おちつもり しるもしらぬも なべてかなしも
(東歌)

 後の勅撰集に、

   小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ (藤原忠平、『拾遺集』『百人一首』)
   あらし吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川のにしきなりけり (能因、『後拾遺集』『百人一首』)
   み渡せば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ (藤原定家、『新古今集』)
   神無月風に紅葉の散る時はそこはかとなく物ぞかなしき
(藤原高光、『新古今集』)
   紅葉葉はおのが染めたる色ぞかしよそげにおける今朝の霜かな
(慈円、『新古今集』)
   山里は道もやみえずなりぬらん紅葉と共に雪のふりぬる
(藤原家経、『新古今集』)

 西行
(1118-1190)『山家集』に、

   このまも
(洩)る 有あけの月の さやけきに 紅葉をそへて ながめつる哉
   いつよりか もみぢの色は 染むべきと しぐれにくもる そらにとはばや
   いとか山 しぐれに色を そめさせて かつがつおれる にしきなりけり
   そめてけり 紅葉の色の くれなゐを しぐ
(時雨)ると見えし みやまべ(山辺)のさと
   もみぢばの ちらでしぐれの ひかず
(日数)へば いかばかりなる 色にはあらまし
   にしきはる あきのこずゑを 見せぬ哉 へだつる霧の やみをつくりて
   もみぢちる のはらをわけて ゆく人は はな
(花)ならぬまた にしき(錦)なるべし
     
(草花の野路の紅葉)
   小倉山 ふもとに秋の 色はあれや こずゑのにしき かぜにたたれて
   くれはつる 秋のかたみに しばしみん もみぢちらすな こがらしのかぜ
   夜もすがら をしげなくふ
(吹)く あらし哉 わざとしぐれの そむるこずゑを
   たつたひめ
(立田姫) そめしこずゑの ちるをりは くれなゐあらふ やまがは(山川)の水
   わがなみだ しぐれの雨に たぐへばや もみぢの色の 袖にまがへる
   いにしへを こ
(恋)ふるなみだの 色ににて たもとにちるは もみぢなりけり
   もみぢみて きみがたもとや しぐるらん むかしのあきの 色をしたひて
   こころをば ふかきもみぢの 色にそめて わかれてゆくや ちるに成らん
 
 かえでは、平安時代以来春の若葉や花も観賞されてきた。

 清少納言『枕草子』第40段「花の木ならぬは」に、「かへでの木のささやかなるに、もえいでたる葉末のあかみて、おなじかたにひろごりたる、葉のさま、花も、いと物はかなげに、むし(虫)などのか(乾)れたるにに
(似)てをかし」と。

 『伊勢物語』20段に、「むかし、おとこ」が、「やよひ(彌生)はかりに、かえて(槭)のもみぢ(紅葉)のいとおもしろきをを(折)りて、女のもとにみち(道)よりいひやる。
   君かためたお(手折)れる枝は春なからかくこそ秋のもみぢしにけれ」と。

 吉田兼好『徒然草』139段に、「卯月ばかりのわかかへで、すべて万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり」と。

   たふとがる涙やそめてちる紅葉 
(芭蕉,1644-1694)

   若楓茶いろに成るも一さかり 
(「旅館庭せまく庭草を見す」,曲水,『猿蓑』1691)

   三井寺や日は午
(ご)にせまる若楓 (蕪村,1716-1783)
   近う聞
(きく)坐主(ざす)の嚏(くさめ)や若楓 (同)
   紅葉して寺あるさまの梢かな 
(同)
   このもよりかのも色よき紅葉哉 
(同)
   もみぢ見や用意かしこき傘二本 
(同)
 

    淸(すず)しいかなや西風の
    まづ秋の葉を吹けるとき
    さびしいかなや秋風の
    かのもみぢ葉にきたるとき
      
(島崎藤村「秋風の歌」(1896) より)

   一 秋の夕日に照る山紅葉、
      濃いも薄いも数ある中に、
       松をいろどる楓や蔦は、
        山のふもとの裾模様。
   二 渓の流に散り浮く紅葉、
      波にゆられて離れて寄って、
       赤や黄色の色様々に、
        水の上にも織る錦。
           
(文部省唱歌、1911。高野辰之作詞、岡野貞一作曲)
 林に座っていて日の光のもっとも美しさを感ずるのは、春の末より夏の初めであるが、・・・そのつぎは黄葉の季節である。半ば黄ろく半ば緑な林の中に歩いていると、澄みわたった大空が梢々の隙間からのぞかれて日の光は風に動く葉末葉末に砕け、その美しさ言いつくされず、日光とか碓氷とか、天下の名所はともかく、武蔵野のような広い平原の林が隈なく染まって、日の西に傾くとともに一面の火花を放つというのも特異の美観ではあるまいか。(国木田独歩『武蔵野』より)
   にほひたる紅葉(もみぢ)のいろのすがれるは雪ふるまへの山のしづけさ
      
(1935伊香保,斎藤茂吉『暁紅』)
   いめのごとき薄き雲らも或る時は紅葉の紅
(あか)き山にいさよふ (王瀧)
   常にして人は見らむか紅
(くれなゐ)に綾なす山に雪降りせまる (白骨温泉)
      
(1936,斎藤茂吉『暁紅』)
   かへるでの太樹
(ふとき)に凭(よ)りてわれゐたり年老いし樹のこのしづけさよ
      
(1942,齋藤茂吉『霜』)
   かへるでのこまかき花は風のむたいさごの上に見る見るたまる
      
(1943,齋藤茂吉『小園』)
   かへるでの赤芽萌えたつ頃となりわが犢鼻褌
(たふさぎ)をみづから洗ふ
      
(1945「疎開漫吟」,齋藤茂吉『小園』)
 



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