辨 |
カツラ科 Cercidiphyllaceae(連香樹 liánxiāngshù 科)には、カツラ属 Cercidiphyllum(連香樹 liánxiāngshù
屬)1属2種がある。
カツラ C. japonicum(連香樹)
ヒロハカツラ C. magnificum(C.japonicum var.magnificum;大葉連香樹)
本州(中北部)産
シダレカツラ f. pendulum(C.japonicum f.pendulum)
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訓 |
今日の日本では カツラの漢字に桂(けい)を当てるが、本来は誤り。
漢名を桂(ケイ,guì)という植物は、ある一群の香木の総称。即ち、ギンモクセイ・キンモクセイ・ニッケイ・ヤブニッケイや、月にあると考えられた伝説上の月桂などであり、ここに挙げるカツラとは無関係。
(漢名を桂(ケイ,guì)と言う植物については、中国で桂と呼ばれた植物を見よ。) |
『倭名類聚抄』に、楓は「和名乎加豆良」、桂は「和名女加豆良」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』30桂に、「桂ノ字ヲ和名鈔ニメガツラト訓ス、カツラト訓スルハ桂ノ字ノ古訓ナリ、今城州加茂祭リニ用ル所ノカツラノキトハ別ナリ、コレハ古名ヲガツラニシテ漢名詳ナラズ」と。
ここに言う「めかつら」は、今日の名はヤブニッケイ Cinamomum japonicum。これは上欄に記した桂(ケイ,guì)の仲間であり、「桂」の字を当てるのに問題が無い。
他方の「おかつら」は 今日のカツラであるが、これに楓の字を宛てたことは誤りである(『万葉集』でもカツラに楓の字を宛てる)。漢名を楓(フウ,fēng)という植物は、今日のフウ Liquidambar formosana である。 |
別名のカモカツラは、賀茂の祭の葵蔓(フタバアオイをカツラの枝に絡ませた飾り)に用いられたことから。 |
説 |
北海道・本州・四国・九州・山西・河南・陝甘・安徽・浙江・江西・湖北・四川に分布。
漢土に産するものを var. sinense とすることがある。 |
誌 |
中国では、伝説に 月に桂(ケイ,guì)の木があるといい伝え、これを歴史的に月桂(ゲッケイ,yuèguì)と呼んだ。伝説上の空想であり、植物学的には意味が無い。
しかし唐代ころから、地上に現実にある 香り高いある種の樹木を、月桂と呼ぶようになった。その習慣は今日に及び、Osmanthus marghinatus
や Cinamomum chingii に月桂の名が残る。
漢名を桂(ケイ,guì)と呼ぶ植物については、中国で桂と呼ばれた植物を見よ。 |
日本では、『日本書紀』巻2・第9段に、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)がキジを遣わして地上の天稚彦(あめわかひこ)のようすを見させる件に、「其の雉(きぎす)飛び降りて、天稚彦が門の前に植(た)てる湯津(ゆつ)杜木の杪(すゑ)に止(を)り。」とあり、註に「杜木、此をば可豆邏(かつら)と云ふ」とある。
『古事記』上、海幸彦・山幸彦の伝説の中に、「其れ綿津見神(わたつみのかみ)の宮ぞ。其の神の御門に到りましなば、傍の井の上に湯津(ゆつ)香木有らむ。云々」とあり、註して「香木を訓みて加都良(かつら)と云ふ。木なり」と記す。同じ場面、『日本書紀』巻2・第10段には、「門の前に一(ひとつ)の井有り。井の上(ほとり)に一の湯津杜樹(ゆつかつら)有り。枝葉(えだは)扶疏(しきも)し」と、同段の一書第1には「門の外(と)に井有り。井の傍(ほとり)に杜樹(かつらのき)有り」と。
ただし、漢語の杜(ト,dù)は ナシの仲間の Pyrus betulaefolia であり、カツラに当てるのは誤り。 |
『万葉集』に、
向つ岳(を)の若楓(かつら)の木下枝(しづえ)取り花待つい間に嘆きつるかも
(7/1359,読人知らず)
などとある。楓をかつらと読むことについては、訓を見よ。 |
また、中国における月桂(ゲッケイ,yuèguì)の伝説を受け入れた上で、その植物をカツラと考えた。『万葉集』に、
目には見て手には取らえぬ月の内の楓(かつら)の如き妹を奈何せむ (4/632,湯原王)
黄葉(もみち)する時に成るらし月人の楓(かつら)の枝の色付く見れば
(10/2202,読人知らず)
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平安時代には、
かく許 あふひのまれに なる人を いかゞつらしと おもはざるべき
人めゆゑ のちにあふ日の はるけくは わがつらきにや 思ひなされん
(よみ人しらず、「あふひ かつら」、『古今和歌集』巻10物名)
秋くれど 月のかつらの みやはなる ひかりを花と ちらすばかりを
(源忠、「かつらのみや」、『古今和歌集』巻10物名)
久方の 月の桂も 秋は猶 もみぢすればや てりまさるらむ (壬生忠峯、『古今和歌集』)
春霞 たなびきにけり 久方の 月の桂も 花やさくらん (紀貫之、『後撰和歌集』)
カツラという植物と、桂と言う文字の縁は、このあたりから始まったものだろうか。 |
峡(かひ)ひくくなりしあまつ日の光にて桂のもみぢ黄にとほりたり
(1936「上松発」,斎藤茂吉『暁紅』)
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