すすき (薄) 

学名  Miscanthus sinensis
日本名  ススキ
科名(日本名)  イネ科
  日本語別名  カヤ(萱・草)、オバナ(尾花)、テキリガヤ、カヤンボ
漢名  芒(ボウ,mang)
科名(漢名)  禾本(カホン,heben)科
  漢語別名  芒草(ボウソウ,mangcao)、笆茅(ハボウ,bamao)、菅(カン,jian)
英名  Eulalia
2008/08/29 群馬県嬬恋村
2007/08/30-31 群馬県嬬恋村
2008/09/11 多摩川 (羽村市) 2008/10/09 入間市宮寺
周囲はツルヨシ

2004/10/02 跡見学園女子大学新座キャンパス (整形してあります)
2007/10/04 神代植物公園
2008/10/30 入間市宮寺
2006/10/25 霧が峰
 「草原がそこの自然環境として売りだされているところもある。たとえば長野県の霧ケ峰は、広い草原と湿原のある地域として知られ、一部は天然記念物にもなっている。しかしそこの原植生はやはり森林であろう。古く行われてきた刈りとり、火入れなどによって森林の成立がはばまれてきた。もともと溶岩台地で表土が薄く、また全般に湿性のうえ低温であるため、伐採など人為作用にあうと植生回復がきわめて遅い。これが草原の保たれてきた大きな理由であるが、近年採草の行われなくなったところでは、カラマツやミズナラが侵入し、遷移の進む傾向が現れている。」(沼田・岩瀬『図説 日本の植生』)

 ススキ属 Miscanthus(芒屬)には、次のようなものがある。
   M. brevipilus (短尾芒)
   ハチジョウススキ M. condensatus(M.sinensis var.condensatus)
   M. eulalioides (金茅芒)
   トキワススキ M. floridulus (五節芒)
   オオヒゲナガカリヤスモドキ M. intermedius
   M. nepslensis (尼泊爾芒)
   M. nudipes (光柄芒)
   カリヤスモドキ M. oligostacys
   オギ M. saccharislorus (荻)
 『中国雑草原色図鑑』314
   ススキ M. sinensis ()
     var. purpurascens (紫芒)
   M. szechuanensis (川芒)
   カリヤス M. tinctorius 
 イネ科 Poaceae(Gramineae;禾本科)については、イネ科を見よ。
 源順『倭名類聚抄』(ca.934)薄に、「和名須々木」と。
 家を葺く材料として、かやという。また、その花穂の形をけものの尾に擬えて、尾花という。
 
小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1806)に、別名を挙げて「スゝキ ミダレグサ古名 ソデナミグサ ツユソグサ ツキナミグサ ミクサ共ニ同上 テキリガヤ阿州」と。
 各地に残る須原(すはら)という地名は、ススキが原の略。
 漢名芒は、原意はのぎ、のち転じてススキ。
 「今 俗に之を笆茅と謂うは、以て籬笆
(かきね)と為すべき故なり」と(李時珍『本草綱目』)
 漢名を菅(カン,jian)という植物は、中国でむかし屋根・垣根などを作る素材としたイネ科の草の総称で、ススキ Miscanthus sinensis やその近縁種、メガルカヤ Themeda triandra var. japonica やその近縁種を指す。言葉の意味からすれば、菅は 日本語におけるかや(茅・萱)に当るが、そこに含まれる植物の範囲は、日中で異なるようである。
 日本(全国)・朝鮮・中国(全国)・臺灣・南千島に分布。
 「ススキ型草地は、B帯からC帯まで(日本の本州・四国・九州、草地の中で)最も広く分布し、採草下あるいは火入れによって維持される代表的な群落である。・・・
 関東地方の低地では、ススキ型草地の中にアズマネザサの混ずる場合が多い。不規則な刈りとりや、軽度の放牧などがあると、アズマネザサの優先する群落ができやすい。しかしアズマネザサは放牧圧に弱いので、草地全体から見るとそれほど有力なメンバーとはなり得ない。・・・
 ススキ草原には、絶えずアカマツカラマツシラカンバなどの芽生えが見られる。採草などの人為作用が停止すれば、まもなく林への遷移が始まる。山地帯では、ふつう一〇年内外の放置でアカマツやシラカンバの幼齢林ができる。それにともない草本層の植被率は低下するが、種類組成に大差はない。
 一方、ススキ草地に過度の採草がくり返されたり、放牧による採食、踏みつけなどが加えられたりすると、・・・ススキ型草地はススキ-シバ型を経てシバ型へと移行する。・・・
 火入れの行われるススキ草地で、火に強いハギが増える例や、放牧地で家畜の食わないワラビが増えてワラビ型草地になる例などもある。これらは一種の偏向遷移である。・・・」
    (沼田・岩瀬『図説 日本の植生』1975)
 茎葉はもって屋根を葺き、また家畜の飼料にする。根茎は薬用にする。
 中国では、ススキが芸術などに取り上げられることはほとんどなく、秋の風情を代表するイネ科の草は葦(蘆,あし,ヨシ)であった。
 日本では、其の花は秋の七草の一であり、古来秋を代表する植物の一。
 「はたすすき」は、幡のように靡くススキの花の意で、枕詞として「穂・ほ」にかかる。

   幡荻
(はたすすき)穂に出し吾や (『日本書紀』巻9 神功皇后摂政前紀)
   波多須々支
(はたすすき)穂振り別けて (『出雲国風土記』意宇郡)
 
 『万葉集』に詠われるススキについては、文藝譜を見よ。
 その代表的なものを挙げれば、ススキなどで家を葺くことを、

   はだすすき 尾花逆(さか)(葺)き 黒木もち
     作れる室
(いへ,むろ)は 萬代までに (8/1637,元正天皇)
   蜓
(あきつ)野の 尾花苅り副え 秋芽子(あきはぎ)
     花を葺かさね 君が仮廬
(かりほ) (10/2292,読人知らず)
   黒樹(くろき)取り 草も苅りつつ 仕へめど
     勤(いそ)しきわけ(奴)と 誉めむともあらず (4/780,大伴家持)
 
 萱場としての草原で、萱を刈ることを、

   陸奥の 真野の草原(かやはら) 遠けども
     面影にして 見ゆと云ふ物を
(3/396,笠女郎)
   吾が勢子は 借廬作らす 草
(かや)無くは
      小松が下の 草を苅らさね
(1/11,間人皇后)
   み吉野の 蜻(あきづ)の小野に 苅る草(かや)
     念
(おもひ)乱れて 宿(ぬ)る夜しそ多き (12/3065,読人知らず)
   紅の 浅葉の野良に 苅る草の 束の間も 吾を忘らすな
(11/2763,読人知らず)

 その花の風情を愛でて、

   人皆は 芽子
(はぎ)を秋といふ 縦(よ)し吾は を花が末(うれ)を 秋とは言はむ
       
(10/2110,読人知らず)
   伊香山
(いかごやま) 野邊に咲きたる 芽見れば きみが家なる 尾花し念ほゆ
        
(8/1533,笠金村)
 ・・・ 旗芒(はたすすき) 本葉もそよに 秋風の 吹き来る夕に ・・・
       
(10/2089,読人知らず)
 ・・・ はだすすき 穂に出る秋の 芽子の花 にほへる屋戸を ・・・
       
(17/3957,大伴家持)
   めづらしき 君が家なる はなすすき 穂に出づる秋の 過ぐらし惜しも
       
(8/1601,石川広成。)
 『万葉集』に「はだすすき」「はなすすき」というのは、「旗すすき」の転訛。
 「はなすすき」は この一例しかないが、平安時代以降はもっぱら「はなすすき」が用いられた。
   かのころと 宿(ね)ずやなりなむ はだすすき
      宇良野のやま
(山)の つく(月)かたよ(片寄)るも (14/3565,読人知らず)
   吾が屋戸の 草花
(をばな)が上の 白露を
      消たずて玉に 貫く物にもが
(8/1572,大伴家持)
   吾が屋戸の を花押し靡べ 置く露に
     手触れ吾妹児
(わぎもこ) 落(ち)らまくも見む (10/2172,読人知らず)
   めひ
(婦負)の野の すすきお(押)しな(靡)べ ふ(降)るゆき(雪)
     やど
(宿)(借)るけふ(今日)し かな(悲)しくおも(思)ほゆ (17/4016,高市連黒人)
 
 ススキの花に託して、異性への思いを詠って、

   秋芽子(あきはぎ)の 花野のすすき 穂には出でず
      吾が恋ひ渡る 隠りつま
(妻)はも (10/2285,読人知らず)
   妹らがり 我が通う路の 細竹(しの)すすき 我し通はば 靡け細竹原(しのはら)
        (7/1121,読み人知らず)
   秋の野の 草花が末に 鳴く百舌鳥(もづ)
     音聞くらむか 片聞く吾妹 (10/2167,読人知らず)
   さお鹿の 入野のすすき 初尾花
      何時
(いつ)しか妹の 手を枕かむ (10/2277,読人知らず)
   にひむろ
(新室)の こどき(蚕時)にいた(到)れば はだすすき
      穂にで
(出)しきみ(君)が 見えぬこのころ (14/3506,読人知らず)
 
 『八代集』に、

   今よりは うへてだにみじ 花すすき ほにいづる秋は かなしかりけり
     
(平貞文、『古今和歌集』)
   秋ののの 草のたもとか 花薄 ほにいでて招 袖とみゆらん
     
(在原棟梁「寛平御時 きさいの宮の歌合のうた」、『古今和歌集』)
   秋の野の をばなにまじり さく花の 色にやこひん あふよしをなみ
     
 (よみ人しらず、『古今和歌集』)
   花すゝき ほにいでてこひば 名ををしみ したゆふひもの むすぼほれつゝ
     
(小野春風、『古今和歌集』)
   花すすき 我こそしたに おもひしか ほにいでて人に むすばれにけり
     
(藤原仲平、『古今和歌集』)
   今よりは つぎてふらなん 我宿の すすきおしなみ ふれる白雪
     
(よみ人しらず、『古今和歌集』)
   ありとみて たのむぞかたき うつせみの よをばなしとや 思ひなしてん
     
(よみ人しらず、『古今和歌集』10物名「をばな」)
   花すゝき 我こそしたに 思ひしか ほにいでて人に むすばれにけり
     
(藤原仲平、『古今和歌集』)
   きみがうゑし ひとむらすゝき むしのねの しげきのべとも なりにける哉
     
(御春夕助、『古今和歌集』)

   葉をわかみ ほにこそいでね 花すゝき したの心に 結ばざらめや
     
(源中正「まだ年わかゝりける女につかはしける」、『後撰和歌集』)
   わがかどの ひとむらすゝき か
(刈)りか(飼)はん 君がてなれのこま(駒)もこぬ哉
     
(小町が姉「をとこのこざりければ つかはしける」、『後撰和歌集』)

   あはづの
(粟津野)の すぐろのすゝき つのぐめば
     ふゆ
(冬)たちなづむ こま(駒)ぞいばゆる (静円(1016-1074)、『後拾遺和歌集』)
 
 清少納言『枕草子』第67段「草の花は」に、「これにすすきをい(入)れぬ、いみじうあやしと人いふめり。秋の野のおしなべたるをかしさはすすきこそあれ。ほさき(穂先)のすはう(蘇枋)にいとこ(濃)きが、朝霧にぬ(濡)れてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。秋のはてぞ、いと見どころなき。色々にみだれ咲きたりし花の、かたちもなくち(散)りたるに、冬の末まで、かしら(頭)のいとしろくおほどれたるもし(知)らず、むかし思ひでがほに、風になびきてかひろぎたてる、人にこそいみじうに(似)たれ。よそふる心ありて、それをしもこそ、あはれと思ふべけれ」と。

 西行
(1118-1190)『山家集』に、

   みまくさ
(馬草)に はら(原)のを(小)すすき しがふとて
     ふしど
(臥所)あせぬと しか(鹿)おもふらん
   いとすすき ぬ
(縫)はれてしか(鹿)の ふすのべ(野辺)
     ほころびやすき ふじばかま哉
   ほ
(穂)にいづる みやまがすそ(裾)の むらすすき
     まがき
(籬)にこめて かこふ秋ぎり(霧)
   しげりゆしき はらのした
(下)草 をばないでて
     まねくはたれを した
(慕)ふなるらん
   はなすすき こゝろあてにぞ わけてゆく
     ほのみ
(見)しみちの あと(跡)しなければ
   ほにいでて しの
(篠)のをすすき まねくの(野)
     たはれてたてる をみなへし哉
   を
(惜)しむよ(夜)の 月にならひて 有明の い(入)らぬをまねく はなすすき哉
   はなすすき 月のひかりに まがはしき ふかきますほの いろにそ
(染)めずば
   秋の野の をばなが袖に まねかせて いかなる人を まつむしのこゑ
   かきこめし すその
(裾野)のすすき しも(霜)がれて
      さびしさまさる しば
(柴)のいほ(庵)
   か
(枯)れはつる かやがうはば(上葉)に ふる雪は
     さらにをばなの ここち
(心地)こそすれ
   くちもせぬ その
(名)なばかりを とどめおきて
     かれの
(枯野)のすすき 形見にぞみる

『新古今集』に、

   うらがるる あさぢが原の かるかやの みだれて物を 思ふ比
(ころ)かな (坂上是則)
   をぐら山 麓の野べの 花すすき ほのかにみゆる 秋の夕暮
(読人不知)
   花薄 まだ露ふかし ほにいでては 詠
(なが)めじと思ふ 秋のさかりを (式子内親王)
   わが宿の をばなが末に しら露の おきし日よりぞ あきかぜもふく
(大伴家持)
 
 むかし武蔵の国の地には、一面にススキ型草原がひろがっていた。この薄が原を「武蔵野」と呼び、遠い都の人々にも有名であった。見渡す限りの薄が原に、ハギ・キキョウ・オミナエシなどがさきみだれる「武蔵野」のイメージは、武蔵野の項を見よ。
 なお、須原はススキが原の約言。

   雪ちるや穂屋の薄の刈残し 
(「信濃路を通るに」,芭蕉,1644-1694,『猿蓑』1691)
    
(7月諏訪大神御射山(みさやま,富士見町)に狩る。神主薄を以て御狩屋を造る。之を穂屋の神事と云う)
   ともかくもならでや雪のかれお花 
(芭蕉)

   暁の雨やすぐろの薄
(すすき)はら (蕪村,1716-1783)
   山は暮て野は黄昏の薄哉 
(同)
   茨老
(おい)すゝき痩(やせ)萩おぼつかな (同)
 
 
    月
  露のたま高萱(たかがや)のうへに光るまでこよひの月はあかくもあるか 
九月三十日
  虫のこゑいたりわたれる野(ぬ)のうへに吾も来てをり天(あめ)のなかの月
  あらくさに露の白玉かがやきて月はやうやくうつろふらしも
  ひさかたの乳いろなせる大き輪の中にかがやく秋のよの月
     
(1936,斎藤茂吉『暁紅』)
  秋たちてうすくれなゐの穂のいでし薄のかげに悲しむわれは
     
(1945「疎開漫吟」,齋藤茂吉『小園』) 
  一むらの萱
(かや)かげに来て心しづむいかなる老(おい)をわれは過ぎむか
     
(1945「金瓶村小漫吟」,齋藤茂吉『小園』) 
 

跡見群芳譜 Top ↑Page Top
Copyright (C) 2006- SHIMADA Hidemasa.  All Rights reserved.
クサコアカソウ シュロソウ スハマソウ イワチドリ チダケサシ 跡見群芳譜トップ 野草譜index