よし 

学名  Phragmites communis
日本名  ヨシ  
科名(日本名)  イネ科
  日本語別名  アシ(葦・蘆・葭)
漢名  蘆葦・芦葦(ロイ,luwei)
科名(漢名)  禾本(カホン,heben)科
  漢語別名  葭(カ,jia)、蘆・蘆竹・水蘆竹、葦・蒲葦、蒹葭(ケンカ,jianjia)
英名  Reed
2008/04/05 田島が原
2005/05/04  児玉町 2006/05/05 神代植物公園
2009/05/10 入間市宮寺
2006/08/21 田島が原
2008/09/11 入間市宮寺
2008/10/30 入間市宮寺

2005/10/24 さいたま市田島が原

2006/10/26 白樺湖
2008/04/05 せせらぎ公園

 ヨシ属 Phragmites(蘆葦屬)には、世界に4種がある。
   ヨシ P. communis (蘆葦)『中国雑草原色図鑑』318
   セイタカヨシ
(セイコノヨシ) P. karka (大蘆・卡開蘆・水竹・水蘆荻)
   
ツルヨシ(ジシバリ) P. japonica 
 イネ科 Poaceae(Gramineae;禾本科)については、イネ科を見よ。
 和名は本来はアシ。「悪し」に通ずるとして忌み、「善し」と縁起を担いでヨシという。
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)蘆根に、「和名阿之乃祢」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)蘆葦に、「和名阿之」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』11
(1806)に、「蘆 ヒムログサ タマエグサ ナニハグサ サゞレグサ ハマヲギ以上古歌名 アシ和名鈔 ヨシ」と。
 いくつもある漢名の 本来の区別は、葭は芽生えを、蘆は花の開く前を、葦は穂の出た後を言う。
 芦は、本来はまったく別の草の名であったというが、蘆の略字として用いる。
 現代中国においても、芦は 蘆の簡体字。
 ヨシ(アシ)オギは、形体も生態もよく似ているので、歴史的漢名では厳密に区別していない乃至できていないため、通称乃至混称である場合がある。
 日本(全国)・朝鮮・中国(全国)をはじめ、広く世界の暖帯乃至亜寒帯に分布。
 「イネ科の抽水植物はいずれも生活型は似ているが、水に対する生態的特性が少しずつずれており、それが水辺の群落の成帯となって現れる。一般に水の浸るところにはヒメガマ、それに連なってマコモが群落をつくる。これらにおおわれない水面には、サンカクイやフトイが生育する。水ぎわから上はヨシ群落となる。河川の縁にあって、出水時に水に浸るような低地を河川敷(高水敷)というが、ヨシの生育範囲の多くはこのような場所である。やや高いところにはオギが現れる。
 オギとヨシの移行帯では、地下部の広がりがオギは浅くヨシが深い。地上部は混生していても、地下部のすみ分けが成立している。」(沼田真・岩瀬徹『図説 日本の植生』1975)
 茎を用いて、葭簀(よしず)を作り、すだれ(漢名は葭帘,カレン,jialian)を作り、むしろ(漢名は葦蓆 weixi)を作る。また、茎葉を屋根・壁を作るのに用い、中国では城壁や堤防を作るのに鋤きこむ。
 嫩葉は蘆筍(ロジュン,lusun)と呼んで食用とし、新葉は粽を巻く材にする。根茎は蘆根と呼ばれ、薬用に供する。
『中薬志Ⅰ』pp.299-301 
 『礼記』「月令」六月に、「澤人に命じて材葦(各種の工芸の材料とするアシ)を納れしむ」と。
 『大戴礼』「夏小正」七月に「秀づる(穂が出た)雚葦(くわんゐ。オギとアシ)あり。〔未だ秀でざれば則ち雚葦を為さず。秀でて然る後に雚葦を為す。故に先づ秀づるを言ふ。〕」と、また「(あつ)める荼(と)あり。
〔灌は聚なり。荼は雚葦の秀づるなり。蒋(むしろ)たれば之を褚(たくは)ふなり。雚といふ、未だ秀でざるを菼(たん)と為し、葦の未だ秀でざるを蘆と為す。〕」と。
 『詩経』国風・豳風「七月」に、「八月は葦を萑
(か)る」と。
 ヨシは、日本ではきわめて古くから親しまれてきた植物。ただし、葦・芦(蘆)などの字は、歴史的には全て「あし」と読むべきもの。
 『古事記』冒頭の国造り伝説の一節に、「次に国稚く浮きし脂の如くして、くらげなすただよへる時、葦牙(あしかび)の如く萌え騰(あが)る物に因りて成れる神の名は・・・」とある。葦の牙とは、葦の芽。
 『日本書紀』冒頭の本文にも、「開闢
(あめつちひら)くる初(はじめ)に、洲壌(くにつち)の浮れ漂へること、譬へば游魚(あそぶいを)の水上(みづのうへ)に浮けるが猶(ごと)し。時に、天地(あめつち)の中に一物(ひとつのもの)(な)れり。状(かたち)葦牙の如し。便ち神と化為(な)る」と。

 これより、「葦原の中国
(なかつくに)」は 大和を指す。例えば、『古事記』天の石屋戸・葦原中国の平定、また『日本書紀』巻2・第9段を見よ。
 
 『万葉集』に詠われた歌は、文藝譜に写してあるので、全貌はそちらを参照。
 一部を引けば、まず「葦原の瑞穂の国」とは、大和の国。

   葦原の みづほの国を あまくだり しらしめしける すめろぎの 神のみことの
   御代かさね 天の日嗣と しきませる 四方の国には ・・・
     
 (18/4094,大伴家持。ほか多数)

 身近な植物であったので、『万葉集』には葦は様々に詠われている。
 まず、雁・鴨・鶴など水鳥との取り合わせが多い。

   葦辺なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁鳴き渡る
(10/2134,読人知らず)
   あしの 葉にゆふぎり
(夕霧)(立)ちて かも(鴨)が鳴(ね)
     さむ
(寒)きゆふべ(夕)し な(汝)をはしの(偲)はむ (14/3570,防人の歌)
   若浦に 塩満ち来れば かた
(潟)を無み
     葦辺を指して たづ
(鶴)鳴き渡る (6/919,山部赤人)
   湯の原に 鳴く蘆たづは 吾が如く 妹に恋ふれや 時わかず鳴く
(6/961,大伴旅人)

 刈入など、生活に密着した歌もある。

   湊入の 葦別小舟 障(さはり)多み 今来む吾を よどむと念ふな (11/2998,読人知らず)
   ・・・ あし(葦)(刈)ると あま(海人)のをぶね(小舟)は ・・・ (17/4006,大伴家持)
   大船に 葦荷苅り積み しみみにも 妹は情
(こころ)に 乗りにけるかも
     
(11/2748,読人知らず)
   みなと
(水門)の あし(葦)がなか(中)なる たま(玉)こすげ(小菅)
     か
(刈)りこ(来)(吾)がせこ(背子) とこ(床)のへだし(隔) (14/3445,読人知らず)

 刈った葦は、火にくべ、また垣根に用いた。

   難波人 葦火燎(た)く屋の すして有れど 己が妻こそ 常めづらしき
      (11/2651,読人知らず)
   いは(家)ろには あしふ(葦火)(焚)けども す(住)みよ(好)けを
     つくし(筑紫)にいた(到)りて こ(恋)ふしけもはも (20/4419,物部真根)
   花細(ぐは)し 葦垣越しに 直(ただ)一目 相視し児故 千遍(ちたび)嘆きつ
      (11/2565,読人知らず)
   蘆垣の 中のにこ草 にこよかに 我と笑まして 人に知らゆな (11/2762,読人知らず)
   あしかき(葦垣)の くまと(隈処)にた(立)ちて わぎもこ(吾妹児)
     そて(袖)もしほほに な(泣)きしそも(思)はゆ (20/4367,刑部直千国)
   わがせこ(背子)に こ(恋)ひすべ(術)なかり あしかき(葦垣)
     ほか(外)になげ(歎)かふ あれ(吾)しかな(悲)しも
   あしかきの ほかにもきみが よ(寄)りた(立)たし
     こ(恋)ひけれこそば いめ(夢)にみ(見)えけれ
      (17/3975;3977,大伴池主と大伴旅人の贈答歌)
 
 『八代集』に、

   人しれぬ おもひやなぞと あしがきの まぢかけれども あふよしのなき
     
(よみ人しらず、『古今集』)
   なにはがた かりつむあしの あしづゝ
(葦筒)の ひとへも君を 我やへだつる
     
(藤原兼輔「をのれを思へたへてたる心ありといへる女の 返事(かへりごと)につかはしける」、
        『後撰集』。葦筒は、ヨシの茎の中にある、薄い紙のようなもの)

   深くのみ 思ふ心は あしのねの わけても人に あはんとぞ思
     
(敦慶親王、『後撰集』) 
   たづのすむ さわべのあしの したね
(下根)とけ
     みぎは
(汀)もえいづる 春はきにけり (大中臣能宣(921-991)、『後拾遺集』)
   みしまえに つのぐみわたる あしのねの ひとよのほどに はるめきにけり
     
(曽祢好忠(10c.後半)、『後拾遺集』)
   はなゝらで を
(折)らまほしきは なにはえの あしのわかばに ふれるしらゆき
     
(藤原範永(11c.後半)、『後拾遺集』)
   難波江の あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
     
(皇嘉門院別当、『千載集』『百人一首』)
   なにはがた 短きあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや
     
(伊勢(ca.877-ca.938)、『新古今集』『百人一首』)
   つのくにの なにはのあしの めもはるに しげき我恋 人しるなゆめ
 (紀貫之)
 
 西行(1118-1190)『山家集』に、

   つゆのちる あしのわかばに 月さえて
     あき
(秋)をあらそふ なにはえ(難波江)のうら(浦)
   なにはえの みぎは(汀)のあしに しも(霜)さえて
     うら
(浦)風さむき あさぼらけ哉
   しもにあひて いろあらたむる あしのほの さびしく見ゆる なにはえのうら
   こほり
(氷)しく ぬまのあしはら 風さえて 月もひかりぞ さびしかりける
   つ
(津)のくに(国)の あしのまろや(丸屋)の さびしさは
     冬こそわけて と
(訪)ふべかりけれ
 

   粽
(ちまき)解て蘆吹く風の音聞(きか)ん (蕪村,1716-1783)
 

     わがゆくかたは、末枯(うらがれ)の葦の葉ごしに、
     爛眼
(ただらめ)の入日の日ざしひたひたと、
     水錆
(みざび)の面(おも)にまたたくに見ぞ醉(ゑ)いしれて、
     姥鷺
(うばさぎ)はさしぐむ水沼(みぬま)、・・・
       
薄田泣菫「わがゆく海」(『白羊宮』)より

   春は早うから川辺の葦に、
   蟹が店出し、床屋でござる。
    チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。・・・
       
(北原白秋「あわて床屋」1919)

    春いまだ深
(ふ)けて行かざることわりに水より出でし青葦みじかし
       
 (1938,齋藤茂吉『寒雲』)
 
 西洋の いわゆるリード楽器(reed pipe,葦笛)のリード reed とは、蘆の仲間の通称だが、西アジア・ヨーロッパでは古くからアシ・ダンチクの茎を用いた。

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