辨 |
カンゾウ・キスゲなどの植物は、かつてはユリ科 Liliaceae(百合科)に属せられていたが、今日ではワスレグサ科 Asphoderaceae(阿福花 āfúhuā 科)〔ススキノキ科 Xanthorrhoeaceae(黃脂木 huángzhīmù 科)〕に属している。
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被子植物の分類については、被子植物を見よ。 |
ワスレグサ科 Asphodelaceae(阿福花 āfúhuā 科)〔ススキノキ科 Xanthorrhoeaceae(黃脂木 huángzhīmù 科)〕は、
ススキノキ亜科 Xanthorrhoeoideae オーストラリアに1属28種
ワスレグサ亜科 Hemerocallidoideae 主としてオーストラリアを中心とした南半球に約19-20属 90-113種
ツルボラン亜科 Asphodeloideae 旧世界に約13-20属 600-780種
の3亜科に分けられるが、これらは独立した科とされることがある。
ワスレグサ科には、以下のような属が含まれる。
アロエ属 Aloe(蘆薈屬)
キバナツルボ属 Asphodeline(日光蘭屬)
ツルボラン属 Asphodelus(阿福花 afuhua 屬)
ツルボラン A. ramosus(阿福花屬) 地中海地方産
キキョウラン属 Dianella(山菅蘭屬)
キツネオラン属 Eremurus(獨尾草屬)
Haworthia(牡丹卷屬)
ワスレグサ属 Hemerocallis(萱草屬)
シャグマユリ属 Kniphofia(火把蓮屬)
マオラン属 Phormium(麻蘭屬)
ススキノキ属 Xanthorrhoea(黃脂木 huángzhīmù 屬)
ススキノキ X. australis(澳洲黃脂木)
X. resinosa(黃脂木)
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ワスレグサ属 Hemerocallis(萱草 xuāncăo 屬)には、東アジアの温帯に15-20種がある。
(YList の分類に従い、中国のものを補った。)
H. citrina
ウコンカンゾウ var. citrina(黃花菜)
ユウスゲ(キスゲ) var. vespertina(H.vespertina;麝香萱草)
チョウセンキスゲ H. coreana(H.flava var.coreana) 朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江産
H. dumortieri
ヒメカンゾウ var. dumortieri(小萱草)
H. forrestii(西南萱草) 四川・雲南産
H. fulva
ニシノハマカンゾウ var. aurantiaca(H.aurantiaca;常綠萱草)
ノカンゾウ var. disticha(H.disticha;長管萱草)
ホンカンゾウ(シナカンゾウ) var. fulva(萱草・萱)
ヤブカンゾウ(オニカンゾウ) var. kwanzo(H.disticha var.kwanso;重瓣萱草・千葉萱草)
ハマカンゾウ var. littorea(H.aurantiaca var.littorea, H.littorea)
ノカンゾウ(ベニカンゾウ・ムサシノキスゲ・ムサシノワスレグサ) var. longituba(H.longituba)
ヒメノカンゾウ var. pauciflora
アキノワスレグサ var. sempervirens(H.sempervirens)
ハクウンキスゲ H. hakuunensis
マンシュウキスゲ H. lilioasphodelus(H.flava var.minor, H.flava, H.minor;
北黃花菜)
朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・河北・山東・江蘇・山西・陝甘・極東ロシア・モンゴリア・シベリア・
・アルプス・アルバニアに産
ホソバキスゲ var. minor(H.minor;小黃花菜) 朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・華北・陝甘・ロシア産
エゾキスゲ var. yezoensis(H.flava var. yezoensis, H.yezoensis,
H.thunbergii, H.lilioasphodelus var.thunbergii;北黃花菜)
トウカンゾウ(ワスレグサ・ナンバンカンゾウ) H. major
H. middendorffii(大苞萱草)
ゼンテイカ(ニッコウキスゲ) var. esculenta
(H. dumortieri var.esculenta, H.sendaica, H.esculenta;北萱草)
トビシマカンゾウ var. exaltata(H. exaltata, H.dumortieri var.exaltata)
エゾゼンテイカ var. middendorffii(大苞萱草)
H. multiflora(多花萱草) 鷄公山(河南湖北省界)産
H. nana(矮萱草) 雲南産
H. plicata(折葉萱草) 四川・雲南産
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訓 |
漢名の萱草(ケンソウ,xuāncăo)は、古くは蘐草(ケンソウ,xuāncăo)と書いた。
諼・蘐とは、わすれる意。萱は、諼・蘐と同音の 置き換え字。人の憂いを忘れさせる草(忘憂草, ボウユウソウ,wàngyōucăo)の意である。ホンカンゾウの誌を見よ。 |
和名のカンゾウは漢名の音の転訛、ワスレグサは漢名の訓。
ただし、漢土とは異なり、人を忘れる・恋を忘れる意にかけてイメージされることが多い。 |
源順『倭名類聚抄』(ca.934)萱草に、「漢語抄云、和須礼久佐、俗云環藻二音」と。
『延喜式』萱草に、「ワスレクサ」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』12(1806)に、「萱草 ワスレグサ延喜式和名鈔 シノブグサ古歌 クワンザウ枕草子、今通名 ヒルナ俗名 ギボキナ佐州 アマナ播州 シヤウビ防州 カツコバナ南部 トツテコウ信州 クハンス肥前 ニクナ土州 ヤブニンニク伯州」と。 |
属名は、ギリシア語の「一日 hemera」+「美しい kallos」、花が一日で萎れることから。
英名の day lily も同意。 |
説 |
日本でも栽培しているホンカンゾウ・ヤブカンゾウはともに中国原産、ヤブカンゾウは史前帰化植物、普通に野生している。
本来 日本の関東・関西あたりに自生していたものは、ノカンゾウ・ユウスゲなど。 |
根にアルカロイドを含み、有毒。 |
誌 |
中国におけるカンゾウの文化史については、ホンカンゾウの誌を見よ。 |
日本では、春の若葉は、野菜として食う。
「早春に地下から萌える若葉を取って外皮を剥き、熱湯をくぐらせて青々としたのを刺身のツマや酢の物に配し、ミソ漬にして懐石の八寸に用いたりする。陽春になると剣状に伸びた新葉を湯がいて和物にし、カラシを加えて海苔巻などにすると軟らかで甘味があり、花カンゾウは開花前のツボミを採り軽く鹽もみして湯を通すと三本の筋がはせぜて花びらが開から、そのまま酢の物や洗肉(あらい)の盛合わせにしたり、鍋料理のあしらいにする」(本山荻舟『飲食事典』)。 |
『万葉集』には、
萱草(わすれぐさ)吾が紐に付く香具山の故(ふ)りにし里を忘れむが為 (3/334,大伴旅人)
萱草吾が紐に着く時と無く念ひわたれば生けりともなし (12/3060,読人知らず)
萱草吾が下紐に著けたれど醜(しこ)のしこ草ことにしありけり (4/727,大伴家持)
萱草垣もしみみに殖ゑたれど鬼(しこ)のしこ草猶恋ひにけり (12/3062,読人知らず)
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『古今集』には、
忘草 たねとらましを あふことの いとかくかたき 物としりせば (よみ人しらず)
こふれども あふよのなきは 忘草 ゆめぢにさへや おひしげるらん (同)
忘草 かれもやすると つれもなき 人の心に 霜はをかなむ (源宗于)
忘草 なにをかたねと おもひしは つれなき人の 心なりけり (素性法師)
住吉と あまはつぐさも ながゐすな 人忘草 おふといふなり
(壬生忠岑「あひしりける人の すみよしにまうでけるに よみてつかはしける」)
『後撰集』には、
思とは いふ物からに ともすれば わするゝ草の 花にやはあらぬ
(よみ人しらず「女のもとより忘草にふみをつけておこせて侍ければ」)
わがためは 見るかひもなし 忘草 わする許の こひにしあらねば
(紀長谷雄「いひかはしける女の、いまは思わすれねといひ侍ければ」)
これらのわすれぐさは、渡来種のホンカンゾウ又はヤブカンゾウであろうか、日本原産のユウスゲを萱草に見立てたものであろうか。 |
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『大和物語』162に「同じ草を忍ぶ草、忘れ草といへば、云々」とあり、この頃からカンゾウの別名として「しのぶ草」が加わった。
シノブの誌を見よ。 |
『花壇地錦抄』(1695)巻四・五「草花 夏之部」に、「萱草(わすれくさ・くわんさう) 初中。花形百合のごとく、朝咲たる花、夕ニしぼみ、其次の花段々に咲。葉ハほそ長ク菖蒲のかたち。萱(わすれ)草を水ニ入て聖霊(しやうりやう)ニ手向(たむくる)、靈(れい)うれいをわするゝゆへニ、忘憂(もういう)といふ、此草の事にや、不詳。・・・萱草(わすれぐさ)は何種もありて紛ハし。○「おひて身の うきをも今ハ わすれ草」とよめるハ、さくらのよし。又うのはなのおちたるを見て、わすれ草ならバ、なごりを思ひてやちりつらんと。○「もみちては 花咲色を わすれ草」是ハしをんとこそ聞といひし人も有。又「きしにおふてう恋わすれ草」○「住吉の 忘か草の たねもかな」是等ハ住吉の岸ニ生るよし。又忍草といふ草ニ似て、石上枯(かれき)ニ生る草をわすれ草共いふ。○「忘草 生るのべとハ 見るらめど こいしのぶなる 後もたのまん」忍草といふハ、わすれ草よりまた異有、つりしのぶといふ」と。 |
三首
萱草花(くわんざう)の夕日の川に出でしとき別れは其所に待ちてありけり
夕日の朱(しゅ)を吸ひ盛るくわんざうの花に男はあはれなりけり
今別れんとする心の静けさ、くわんざうの夕日の朱(あけ)は死にて動かず
(島木赤彦『馬鈴薯の花』)
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土屋文明(1890-1990)が、第二次世界大戦後の疎開先(群馬県吾妻郡原町川戸)で、三月二十日に「甘草(かんぞう)のつむべき畦を見に出でて」「吾が手の指の見ゆるかぎり甘草を切」り、「甘草を煮てうましともうまし」と詠った(『山下水』1946)甘草は、カンゾウ(萱草。ことにはヤブカンゾウ)の誤りであろう。
(右は2007/08/30 川戸寸景)
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