辨 |
ヤマザクラ Cerasus jamasakura には、次のような変種がある。
ヤマザクラ var. jamasakura(Prunus jamasakura,
P. pseudocerasus var. spontanea,
P. serrulata var. spontanea, C. pseudocerasus var. jamasakura;
野櫻花・山櫻花・山櫻桃)
ツクシヤマザクラ var. chikusiensis 九州産
またヤマザクラには多くの栽培品種があるが、本譜には次のものを載せる。
'紅南殿'(べになんでん) 'Beninanden'
'日吉桜'(ひよしざくら) 'Hiyoshizakura'
'気多の白菊桜'(けたのしろきくざくら) 'Haguiensis'
'江北匂'(こうほくにおい) 'Kohokuensis'
'群桜'(むれざくら) 'Nitida'
'佐野桜'(さのざくら) 'Sanozakura'
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ヤマザクラと他種との種間雑種の和名・学名は、次のように整理されている。
カンザクラ C. × kanzakura ヤマザクラとカンヒザクラの雑種
ヤママメザクラ(ミノブザクラ) C. × furuseana ヤマザクラとマメザクラの雑種
モチヅキザクラ C. × sacra ヤマザクラとエドヒガンの種間雑種
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サクラ属 Cerasus(櫻 yīng 屬)については、サクラ属を見よ。 |
訓 |
人里に植えられる里桜(サトザクラ)に対して、山にある桜を一般に山桜と呼び、ヤマザクラ・カスミザクラ・オオヤマザクラなどが含まれた。種名としてのヤマザクラは、それらのうち Cerasus jamazakura を指す。
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「和名山櫻ハ山ニ生ズルさくらノ意、さくらハ其語原判然セザレドモ中ニハ神代時分ノ歌謠中「さきくにさくらん、ほきくにさくらん」ノ語中ヨリ出シモノト謂フ説モアリ」(『牧野日本植物図鑑』)。 |
種小名は、和名から。 |
説 |
本州(宮城新潟以南)・四国・九州に分布。
本来は暖温帯の照葉樹林帯に自生。のち二次林としての落葉広葉樹林(所謂雑木林)で生息。 |
花期は3-4月、花は白色または薄く紅色を帯び、これと同時に赤褐色の若芽が伸びる。
若葉の色やつやには変異が多く、黄芽芽・赤芽・茶芽・青芽などを区別する。 |
誌 |
明治の初めにソメイヨシノが作り出されるまでは、日本で桜といえばヤマザクラを指していた。王朝時代以来日本人が親しんできた桜は、これである。
古来の名所は奈良県の吉野山、これを移植したという京都の嵐山など。
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「吉野山は万葉集に屡よまれたれど、桜の名所たることは見る所なし。」しかるに「往時かの吉野の桜は蔵王権現の神木と称して漫に伐るを禁ぜし由に聞くを以て考ふれば、こは修験道の発展と共にこの山に出入するもの多くなり、従ひてはじめさまでにあらざりし山桜も蔵王権現の繁栄と共に、益繁殖するに至りしものならむ」(山田孝雄『桜史』)。 |
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さくら一般の文化史・観賞史は、さくらを見よ。 |
『万葉集』に詠うものは、文藝譜を見よ。中に山桜と限定して詠う例としては、
足ひきの山櫻戸を開け置きて吾が待つ君を誰か留むる (11/2617,読人知らず)
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『八代集』などに、
山桜 さきぬる時は つねよりも 峯の知ら雲 たちまさりけり
(913、藤原興風、『亭子院歌合』)
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
(行尊,1055-1135。「大峯にて思ひもかけず桜の花の咲きたりけるを見てよめる」。
『金葉集』『百人一首』)
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『花壇地錦抄』(1695)巻二「桜のるひ」に、「吉野 中りん、ひとへ。山桜共いふ。吉野より出ルたねハ、花多ク咲て見事也」と。 |
うらやましうき世の北の山櫻 (芭蕉,1644-1694)
やまざくら瓦ふくもの先(まづ)ふたつ (同)
剛力(がうりき)は徒(ただ)に見過(すぎ)ぬ山ざくら (蕪村,1716-1783)
海手より日は照つけて山ざくら (同)
さびしさに花咲ぬめり山櫻 (同)
暮んとす春をゝしほの山ざくら (同)
銭買(かう)て入るやよしのゝ山ざくら (同)
みよし野ゝちか道寒し山櫻 (同)
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もえぎたつ若葉となりて雲のごと散りのこりたる山桜ばな
(1935吉野山,斎藤茂吉『暁紅』)
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日本では、生薬オウヒ(桜皮)は ヤマザクラ又はカスミザクラの樹皮である(第十八改正日本薬局方)。 |