すもも (李) 

学名  Prunus salicina
日本名  スモモ
科名(日本名)  バラ科 
  日本語別名  ニホンスモモ、ハタンキョウ(巴旦杏)
漢名  李(リ,li)
科名(漢名)  薔薇(ショウビ,qiangwei)科 
  漢語別名  
英名  Japanese plum, Chinese plum
2005/04/05 跡見学園女子大学新座キャンパス  開花期から見てセイヨウスモモでしょうか?

2005/05/13

2005/07/07
 近代に入り、北アメリカに伝えられて多くの栽培品種が作り出された。今日では'ソルダム''大石早生李'などが栽培されている。

 ヨーロッパで栽培されてきたものは、西アジア原産のセイヨウスモモ(ヨーロッパスモモ) P. domestica、プルーン prune はその1品種。
 スモモ属(サクラ属) Prunus(梅屬)の植物についてはスモモ属を見よ。
 和名は、モモに似て酸味が強いことから。ハタンキョウは、明治時代に スモモの大型の実をつける品種につけられた名。
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)に、鼠李は「和名須毛々乃岐」と、また李は「和名須毛々」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)李子に、「和名須毛々」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』25
(1806)に、「スモゝ和名鈔 スウメ播州」と。
 中国の長江流域の原産。中国では古くから栽培された果樹であり、日本には推古天皇時代(592-628)に入った(『日本書紀』推古帝24年・34年)
 1870年代以後日本からアメリカにわたり、多くの栽培品種が育成され、日本に逆輸入されている。
   果実を、食用にする。
 中国では、根・種子を薬用にする。また地方により、スモモ及び P. simonii(杏李・鷄血李)の種子を 李子と呼び、薬用にする。
 『礼記』「内則」に、周代の君主の日常の食物の一として李を記す。
 賈思勰『斉民要術』(530-550)巻4に、「種李」が載る。
 韓愈(768-824)「李花 二首」に、

   平旦 西園に入れば
   梨花数株 矜夸
(きんこ)するが若し
   旁に一株の李有り
   顔色惨惨 嗟
(なげき)を含むに似たり

   誰か平地の万堆の雪を将
(もっ)
   翦刻して 此の天に連なる花を作れる
   日光は赤色 照らすも未だ好からず
   名月 暫く入って 都
(すべ)て交(こも)ごも加ふ

などとある。
 日本で桃李を併称する例は、『万葉集』巻19/4139;4140 に、大伴家持(717-785)が「天平勝宝二年(750)三月一日の暮、春の苑の桃李の花を眺矚して作れる歌」が載る。

   春の苑 紅にほふ 桃の花 下照
(したで)る道に 出で立つをとめ
   吾が園の 李の花か 庭に落
(ふ)る はだれの未だ 遺りたるかも
 
 
   今いくか はるしなければ うぐいすも 物はながめて 思ふべらなり
     
(紀貫之、『古今和歌集』物名、すもゝの花)
 
 『花壇地錦抄』(1695)巻二「桃のるひ」に、「李(すもゝ) 花形白、小りん、八重ひとへあり」と。
 
「半熟の物を塩に漬けをき、やがて取出だし、乾しさらし、しはみたるを手にてひねり、又さらし、乾し、肴に用ゆる時湯にて洗へば風味よし」(宮崎安貞『農業全書』1697)。
 明治12年7月11日の『東京曙新聞』に、「内藤新宿植物園にて培養せし米國種の李實は、本年殊によく熟したるを以て、赤坂靑山兩御所へ納めたるに、女官方の好まるゝ事甚しく、昨今は毎朝三升納める事に成しといふ。」と。

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