辨 |
クリ属 Castanea(栗 lì 屬)には、北半球の温帯・暖帯に約10-12種がある。
クリ C. crenata(日本栗) 日本産
アメリカグリ C. dentata(美國栗) 北米東部産
C. henryi (錐栗・珍珠栗) 秦嶺以南・五嶺以北産 『中国本草図録』Ⅵ/2535
チュウゴクグリ(シナグリ・イタグリ・アマグリ・シナアマグリ) C. mollissima(C.bungeana;
栗・板栗; E.Chinese chestnut)
『雲南の植物Ⅱ』150・『中国本草図録』Ⅲ/1071
チンカピン C. pumila(矮栗) USA東部産
ヨーロッパグリ(セイヨウグリ) C. sativa(歐洲栗;E.European chestnut)
歐洲南東部・小アジア・コーカサス・イラン原産。マロングラッセの原料
C. seguinii(茅栗・錐栗・野栗子・毛栗) 漢土(大別山以南・五嶺以北)産
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ブナ科 Fagaceae(殻斗 qiàodŏu 科)については、ブナ科を見よ。 |
訓 |
『本草和名』栗皮、及び『倭名類聚抄』栗に、「和名久利」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』25 栗に、「クリ和名鈔。皮色黑シ、故ニ名ク」と。 |
クリの語源については諸説がある。『日本国語大辞典 第二版』を参照。 |
説 |
原種のシバグリは、北海道・本州・四国・九州・朝鮮に分布。栽培されるクリより実が小さい。日本では縄文時代から利用されている。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』25(1806)栗の条に、「又シバグリアリ、一名サゝグリ和名鈔 ヌカグリ モミヂグリ。木高サ五六尺ニ過ズシテ叢生ス。房彙(イガ)モ小ナリ。ソノ中ニ一顆或ハ二三顆アリ。形小ナレトモ味優レリ。是茅栗ナリ」と。
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奈良・平安時代から実の大きい品種が作られてきた。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』25(1806)栗の条に、「栗ノ形至テ大ナルヲ丹波グリト云、一名料理グリ オホグリ テゝウチグリ」と。 |
誌 |
中国では、栗(リツ,lì,チュウゴクグリ)は古くから利用され、栽培された。
『詩経』国風・鄘風(ようふう)・定之方中には、「定の方(まさ)に中(ちゆう)するとき、楚宮を作る。之を揆(はか)るに日を以てし、楚室を作る。之に榛(しん)栗(りつ)と、椅(い)桐(とう)梓(し)漆(しつ)を樹(う)え、爰(ここ)に伐(き)りて琴瑟(きんしつ)とす」とあり、栽培されていたことが明らかである。 |
『大戴礼』「夏小正」八月に、「栗 零(お)つ。〔零つるとは、降るなり。零ちて後 之を取る。故に剥ぐと言はざるなり。〕」と。
『礼記』「内則」に、周代の君主の日常の食物の一として栗を記す。 |
賈思勰『斉民要術』(530-550)巻4に「種栗」が載る。 |
日本では、縄文時代の遺跡から出土し、食料・建材として用いられていた。
文献では『古事記』『万葉集』などに出る。『延喜式』には、栗の産地として丹波・但馬などがあげられている。 |
『万葉集』に、
・・・うり(瓜)はめば こどもおも(思)ほゆ くり(栗)は食めば ましてしの(偲)ばゆ・・・
(4/802,山上憶良) |
「三つ栗の」は、いがの中に実が三つ入っているものの中央の意から、「中」にかかる枕詞。
いざ子ども 野蒜摘みに 蒜摘みに 我が行く道の
香ぐはし 花橘は 上枝(ほつえ)は 鳥居枯らし 下枝(しずえ)は 人取り枯らし
三栗の 中つ枝の ほつもり 赤らをとめを 誘(いざ)ささば 良らしな
(『古事記』・『日本書紀』、応神天皇の歌)
三栗のなか(那賀)に向へる曝井(さらしゐ)の絶えず通はむそこに妻もが
(9/1745,読人知らず「那賀郡曝井の歌」)
松反り しひて有れやは 三栗の 中上り来ぬ 麿と云ふやつこ(奴)
(9/1783,柿本人麻呂の妻)
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西行(1118-1190)『山家集』に、
やまかぜに みねのさゝぐり はらはらと 庭にお(落)ちし(敷)く 大原の里 (寂然)
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戦国時代以来、かちぐり(搗栗・勝栗)を 縁起物として好む。
「又かち栗はわらの灰のあくに一夜漬け置きて、明る日日出でて取出し、さらし乾し、肉よくかはきて堅く成りたる時皮をうち去るべし。臼につきて去りたるもよし」(宮崎安貞『農業全書』1697)。
「かちぐり 搗栗 栗の実を乾燥して臼で搗き、皮と渋皮とを除いたもの。秋に収穫した栗を一週間から二〇日くらい日光で乾燥した上、さらに竹簀底の木箱に入れてホイロにかけ、約二昼夜加熱して臼に取り、軽い杵で殻を搗き割り、フルイにかけて子実を分ける。カチ・カツは搗くの古語で『徴古歳時記』に「搗と勝と訓の同じなれば、勝といふ義にとりてこれを祝節に用ふ」とある通り、古来縁起物として新年その他の祝儀に用いられる」(本山荻舟『飲食事典』)。
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世の人の見付ぬ花や軒の栗 (芭蕉,1644-1694)
秋風のふけども青し栗のいが (同)
行(ゆく)あきや手をひろげたる栗のいが (同)
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栗の花四十路過ぎたる結髪の日暮はいかにさびしかるらむ
(北原白秋『桐の花』1913)
いがながら栗くれる人の誠かな (正岡子規)
大根も秋菜も漬けぬ村の女(め)は庭べの土に栗をうづめぬ (島木赤彦『馬鈴薯の花』1913)
秋晴のひかりとなりて楽しくも実りに入(い)らむ栗も胡桃(くるみ)も
(1945,齋藤茂吉『小園』)
やうやくに病(やまひ)癒えたるわれは来て栗のいがを焚く寒土(さむつち)のうへ
あたらしき時代(ときよ)に老いて生きむとす山に落ちたる栗の如くに
(1946,齋藤茂吉『白き山』)
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天津甘栗の材料はチュウゴクグリ、マロングラッセの材料はヨーロッパグリ。 |