辨 |
日本・中国で見られるミカン科 Simaroubaceae(芸香 yúnxiāng 科) の植物のうち、
ミカン属(カンキツ属) Citrus(柑橘 gānjú 屬)
の植物を、柑橘類と呼ぶ。
|
ミカン属 Citrus(柑橘 カンキツ,gānjú 屬)は、東&東南アジア・ヒマラヤ・オーストラリア・太平洋諸島の熱帯~暖帯に分布。多くの栽培品種が区別されているが、真の自生種は数種~十数種という(『改訂新版 日本の野生植物』)。
代表的な自生種に、次のようなものがある。
マンダリン・オレンジ Citrus reticulata(橘 キツ,jú・甜橘・柑橘;E.Mandarin orange)
近縁種にタチバナ・シイクワシャーなどがある
ザボン(ブンタン) C. maxima(C.grandis;柚 ユウ,yòu・文丹・抛;E.Shaddok, Pomelo)
シトロン(マルブシュカン) C. medica(枸櫞 コウエン,jŭyuán,くえん・香櫞;E.Citron)
コブミカン C. hystrix(C.micranthai;箭葉橙・馬蜂柑;E.Kaffir lime)
C. cavaleriei(C.hongheensis, C.ichangensis;
宜昌橙 yíchāngchéng・酸柑子・野柑子・紅河橙) 陝甘・兩湖・廣西・西南産
キンカン(マルミキンカン) C. japonica(Fortunella japonica, F.crassifolia;
金橘 キンキツ,jīnjú・圓金柑・甘橘;E.Round kumquat)
カラタチ C. trifoliata(Poncirus trifoliata;枸橘 コウキツ,gŏujú,くきつ・枳 シ,zhĭ・臭橘;
E.Trifoliate orange)
生食用、ジャムなどの加工用、あるいは酸味料などとして利用する様々な柑橘類は、これらの自生種の変種・品種、あるいは種間雑種であるという。
代表的なもののみ記す。
ライム C. × aurantifolia(來檬 láiméng・雷姆 léimŭ; E.Lime)
シトロンとコブミカンの雑種、雲南・アッサム・ビルマ産
アラビア人により地中海地方に、のちスペイン人・ポルトガル人により新世界に齎された。
ダイダイ C. × aurantium(C.×daidai;酸橙・皮頭橙・鈎頭橙・代代;
E.Sour orange, Bitter orange)
マンダリン・オレンジとザボンの雑種。
『中国本草図録』Ⅹ/4677・『週刊朝日百科 植物の世界』3-210
グレープフルーツ Grapefruit Group(C.paradisi;葡萄柚;
E.Grapefruit) 西インド諸島バルバドス島で18c.前半に成立
スダチ Sour Orange Group(C.sudachi) 徳島県産
クネンボ Tangor Group(C.nobilis;E.King mandarin)
インドシナ原産 江戸時代までに琉球から入る
C. cavaleriei(C.ichangensis;宜昌橙) 陝甘・兩湖・廣西・四川・貴州・雲南産
シイクワシャー(シーカーシャー・ヒラミレモン) C. depressa(酸橘仔) 琉球・臺灣に分布
ハナユ C. hanayu
ハッサク C. Hassaku Group
イヨカン C. Iyo Group
ユズ C. junos(蟹橙・香橙)
タヒチライム(ペルシャンライム) C. × latifolia
ライムとレモンの雑種、ライムの代用にする
レモン C. × limon(檸檬・洋黎檬;E.Lemon) シトロンとダイダイの雑種
ベルガモット Bergamot Group(C.bergamia;香檸檬) レモンとダイダイの雑種
カントンレモン C. × limonia(黎檬 líméng・廣東檸檬;E.Rangpur)
シトロンとマンダリン・オレンジの雑種。
臺灣・福建・兩廣・湖南・雲貴に野生、東南アジアで栽培 『中国本草図録』Ⅰ/0151
シキキツ C. madurensis
シトロン C. medica(香櫞・枸櫞) アッサム・ヒマラヤ産 『全國中草藥匯編 上』622-623
『本草和名』枸櫞に加布知と
ブシュカン 'Sacrodactylis'(var. sarcodactylis;佛手・佛手柑;
E.Fingered citron)
トウキンカン(カラマンシー) C. × microcarpa(C.madurensis, C.mitis;
四季橘・蕃柑;E.Calamodin)
C.reticulata'Sunkiとキンカンの自然雑種 『中国本草図録』Ⅸ/4214
YListは、C.madurensis と C.microcarpa を別種とする
ナツミカン C. Natsudaidai Group(C.aurantium 'Natsudaidai';
夏橙・日本夏橙;E.Watson pomelo)
マンダリン C. reticulata(柑橘 gānjú)
ポンカン 'Ponkan'(C.poonensis;椪柑 pènggān;E.Ponkan orange)
キシュウミカン(コミカン) 'Kinokuni'(C.kinokuni;南豐蜜橘)
ウンシュウミカン 'Unshiu'(C.unshiu;溫州蜜橘;E.Satsuma mandarin)
オオベニミカン var.deliciosa(C.tangerina;紅橘・福橘)
キンクネンボ C. sinensis(甜橙 tiánchéng・橙子;E.Sweet orange) 秦嶺以南産
ネーブルオレンジ var. brasiliensis(臍橙 qíchéng; E.Navel orange)
19c.初ブラジルで発見、1870米国に導入
カボスキシュウミカン(カボス) C. sphaerocarpa 来歴不明、大分県産
サンボウカン C. sulcata 日本で発生
タチバナ C. tachibana(C.nippokoreana, C.aurantium var.tachibana)
ヒュウガナツ C. tamurana
オオベニミカン C. tangerina
タンカン C. tankan(C.nobilis var.tankan;蕉柑・桶柑) 臺灣・福建・廣東産
C. wilsonii (C.cavaleriei × C.maxima;香圓)
|
ミカン科 Rutaceae(芸香 yúnxiāng 科)については、ミカン科を見よ。 |
訓 |
古来 漢土で柑橘類を表してきた言葉に、橘(キツ,jú)・柚(ユウ,yòu)・柑(カン,gān)・橙(トウ,chéng)がある。 |
柑橘類一般を指す伝統的な漢名は、橘柚(キツユウ,júyòu)である。古く『尚書』「禹貢」の揚州(今日の江蘇・安徽・江西・浙江・福建の地)の條に「厥(そ)の包は橘柚」とあり、後人の註に、その実の小さいものを橘といい、大きいものを柚という、とある。
柑橘(カンキツ,gānjú)と言う熟語は、北宋時代から見られ、これも柑と橘とを以て柑橘類を総称したもの。(ただし今日の漢語では、柑橘は Citrus
reticulata の種名であり、またCitrus の属名である)。
なお、橙(トウ,chéng)はダイダイ。 |
漢名の科名となっている芸香(ウンコウ,yúnxiāng)とは、狭義にはヘンルーダ Ruta graveolens を指す。
芸の字については、ミカン科の訓を見よ。 |
和名たちばな(立花・橘)と漢名橘(キツ,jú)については、タチバナを見よ。 |
今日、ミカン(蜜柑)と言う語は、さまざまな意味範囲で意味で用いる。すなわち
1.カラタチ・キンカンを含めた柑橘類全体
2.カラタチを除き、食用柑橘類の総称(キンカンを含む)
3.ミカン属 Citrus(柑橘屬)の総称
4.ミカン属のうち、果皮のむきやすい(寛皮性)もの(田中長三郎の分類によるミカン区)
5.ウンシュウミカン
など。ただし、農林水産省の統計では、ウンシュウミカンを指す。 |
説 |
「現在の主要かんきつ類であるライム,ブンタン,レモン,シトロン,スイートオレンジ,ダイダイ(サワーオレンジ),ポンカンなどはインド北東部のアッサムを中心とする地域からブラフマプトラ川流域で,またカラタチやユズは長江(揚子江)上流地域で,キンカンは東南アジアから中国南部で生じたと考えられている。これらのかんきつ類から,自然交雑や突然変異で多くの品種が起源・育成されてきたと考えられる。・・・
日本には古くからタチバナが自生していたが,垂仁天皇の時代にトキジクノカクノコノミ(ダイダイだろうといわれている)が導入されたといわれ,中国,朝鮮半島との交易により,かんきつ類が栽培化された奈良時代には橘(たちばな),甘子(こうじ),柚子(ゆず),阿部橘(あへたちばな)(ダイダイ),枳(からたち)が知られていた。さらに金柑,温州橘(うじゆきつ),蜜柑(みつかん)が導入され,江戸時代初期の文献には九年母(くねんぼ),仏手柑(ぶしゆかん),シトロン,ザボンが,末期のものにはレモン,オレンジが認められる。また,明治以前にウンシュウ,ナツミカン,ハッサク,ヒュウガナツ,ナルト,ヒラドブンタン,サンポウカン,スダチ,カボスなどが生じている。明治以降はグレープフルーツ,ネーブルなどが外国から積極的に導入された」(『世界大百科事典』平凡社)。 |
「柑橘類は、げんざいのインドでは重要な果樹で、種類はきわめて多い。ところがインド古典を調べてみると、不思議なほど柑橘類に言及されていない。インド古典では、柑橘類より、むしろそれにきわめて近い果樹、ベール・フルーツ(Aegle
marmelos)の方がよく登場する。これはげんざいでも民俗習慣ではヒンドゥー教徒といろいろ関係が深いが、まったく野生状態である。バナナやマンゴーではたいしたものだが柑橘類は古代インド人はほとんど知らなかったと推定できる。ところがその柑橘類は、ヒマラヤ中腹からアッサムの山地にかけて、おどろくばかり多様性に富んだすぐれた品種がげんざい見いだされる状態である。」(中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』) |
誌 |
中国では、柑橘類の多くを薬用にする。
すなわち『全国中草薬匯編』によれば 次のようなものがある(薬品名の漢音の五十音順に排列)。
橘核(キツカク,júhé): ポンカン C. reticulata(甜橘)の種子。浙江ではニンポウキンカン F. crassifolia(金彈・金橘・金柑)の種子。
橘紅(キツコウ,júhóng): ザボン(ブンタン) C. grandis(柚)の変種である化州柚 var. tomentosa の果皮。『中薬志Ⅱ』pp.478-484によれば、ザボン・化州柚・オオベニミカン C. reticulata var.deliciosa(C.tangerina;紅橘・福橘)の果皮
橘葉(キツヨウ,juyè): ポンカン C. reticulata(甜橘)の葉。
橘絡(キツラク,júluò): ポンカン C. reticulata(甜橘)の果皮の内側の すじ。
香櫞(コウエン,xiāngyuán): マルブシュカン C. medica(枸櫞)・C. wilsonii(香圓)の成熟した果実。なお、地方により、ザボン C. grandis(柚)・アマダイダイ C. sinensis(橙)の果実を香櫞に充てているので、注意して区別する必要がある。
枳殻(キコク,zhĭqiào): ダイダイ C. aurantium(酸橙)・C. aurantium var. amara(代代花)・C.
wilsonii(香圓)・カラタチ Poncirus trifoliata(枳)・マルブシュカン C. medica(枸櫞)などの成熟直前の果実。
これらの木から落ちた未成熟な果実も、枳実(キジツ,zhĭshí)と呼び、同様に薬用にする。
樹葫蘆(ジュコロ,shùhúlu):C. macropetala(馬蜂橙・馬蜂柑)の全株。
靑皮(セイヒ,qīngpí): ポンカン C. reticulata(甜橘)の、幼いうちに地に落ちた果実。
陳皮(チンピ,chénpí): ポンカン C. reticulata(甜橘)、及びウンシュウミカンなどそのさまざまな変種の果皮(日本薬局方 同)。また『中薬志Ⅱ』pp.206-213
檸檬(ネイモウ,níngméng): カントンレモン C. limonia(檸檬)の果・根。
佛手(ブシュ,fóshŏu): ブシュカン C. medica var. sarcodactylis の果実・葉・根。
柚(ユウ,yòu): ザボン(ブンタン) C. grandis(柚)の果皮・葉。 |
日本では、生薬キジツ(枳実)は ダイダイ、Citrus aurantium 又はナツミカンの未熟果実をそのまま又はそれを半分に横切したものである。
生薬トウヒ(橙皮)は Citrus aurantium 又はダイダイの成熟した果皮である(第十八改正日本薬局方)。
|
C. sinensis から採った油を sweet orange oil、C. aurantium var. amara から採ったものを
bitter orange oil という。 |
中国では、『楚辞』「九章」の第八に「橘頌」があり、屈原(ca.B.C.343-ca.B.C.277)の若いころの作品という。
この橘は、タチバナとは限らず、一般的に或いは何らかの柑橘類を指す。「綠葉素榮、紛(ふん)として其れ喜ぶべし。曾枝剡棘(えんきょく)、圓果摶(たん)たり。靑黃雜糅(ざつじう)して、文章爛(らん)たり。精色内は白く、道に任(た)ふるに類す」と。 |
『周官・考工記』に、「橘は、淮よりして北は枳と爲る」と。 |
日本では、『万葉集』に、
吾妹子に あはなく久し うましもの 阿部橘の 蘿生すまでに (11/2750,読人知らず)
とある阿部橘は、『倭名類聚抄』などに橙を阿部多知波奈とよんでいるので 橙である。
ただし当時の橙は、一説に今のダイダイ、一説に今のクネンボという。 |
柚(ゆ)の花や昔しのばん料理の間 (芭蕉,1644-1694)
祖父(おほじ)親まごの栄(さかえ)や柿みかむ (同)
行(ゆく)秋のなをたのもしや青蜜柑 (同)
柚の花やゆかしき母屋の乾隅(いぬゐすみ) (蕪村,1716-1783)
柚の花や能(よき)酒蔵す塀の内 (同)
たちばなのかはたれ時や古舘 (同)
|
十一月は冬の初めてきたるとき故国(くに)の朱欒(ザボン)の黄にみのるとき
(北原白秋『桐の花』1913)
|