辨 |
オミナエシの海岸型にハマオミナエシ f. crassa がある。北海道・本州の海岸に分布。 |
オミナエシ属 Patrinia(敗醬 bàijiàng 屬)には、ユーラシアに約14-25種がある。
マルバキンレイカ P. gibbosa
タイワンオトコエシ P. glabrifolia(光葉敗醬) 臺灣産 『週刊朝日百科 植物の世界』1-267)
ホクシオミナエシ P. heterophylla (P.angustifolia;墓頭回・異葉敗醬)
安徽・浙江・華北・西北・内蒙古・遼寧産
『中国本草図録』Ⅴ/2332・『中国雑草原色図鑑』220
P. monandra
ヒトツバオトコエシ var. formosana(P.formosana;臺灣敗醬)
臺灣・廣東・湖北・甘肅・四川・貴州・雲南産
ヒトシベオトコエシ var. monandra(少蕊敗醬・單蕊敗醬・單葯敗醬)
遼寧・華北・陝甘・山東・江蘇・江西・兩湖・廣西・四川・貴州・雲南・臺灣産
イワオミナエシ P. rupestris (巖敗醬)『中国本草図録』Ⅸ/4349
朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・華北・モンゴリア・極東ロシア・シベリア産
カラキンレイカ P. saniculifolia 朝鮮産
オミナエシ P. scabiosifolia (敗醬・黃花龍牙)『中国雑草原色図鑑』221
ハマオミナエシ f. crassa
モウコオミナエシ P. scabra(P.rupestris subsp.scabra;糙葉敗醬・山敗醬)
遼寧・吉林・黑龍江・華北・内蒙古・西北産 『
中国本草図録』Ⅶ/3352・『中国雑草原色図鑑』220
チシマキンレイカ(タカネオミナエシ) P. sibirica (西伯利亞敗醬) 『中国本草図録』Ⅹ/4873
北海道・黒龍江・モンゴリア・極東ロシア・シベリア・歐洲ロシアに産
P. triloba
シマキンレイカ var. kozushimensis(P.kozushimensis)
神津島・御蔵島産 絶滅危惧IA類(CR,環境省RedList2020)
キンレイカ(金鈴花) var. palmata(P.palmata) 本州(関東~近畿)太平洋側に産
オオキンレイカ var. takeuchiana(P.takeuchiana) 京都・福井産
ハクサンオミナエシ(コキンレイカ) var. triloba(P.gibbifera)
オトコエシ P. villosa(P.sinensis;攀倒甑・白花敗醬)
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スイカズラ科 Caprifoliaceae(忍冬 rĕndōng 科)については、スイカズラ科を見よ。 |
訓 |
漢名の敗醬(ハイショウ,bàijiàng)は、この属の植物が、腐った醤(ひしお)のような異臭を持つことから。オミナエシ・オトコエシなどに通じて用いる。なお、敗は「腐った」、腐敗の敗。 |
漢土には、キンミズヒキにも龍芽草(リョウガソウ,lōngyácăo)の名がある(なお、牙・芽は音通)。
漢名を苦菜(クサイ,kŭcài)というものについては、ノゲシを見よ。 |
和名「おみなえし(おみなへし)」は、『万葉集』に見える古い語。その語源については諸説がある。『日本国語大辞典 第二版』を参照。
「女郎花」の表記は日本の10c.に遡る。漢字で表されているが、漢語ではない。 |
『本草和名』敗醬に、「和名於保都知、一名知女久佐」と。
『倭名類聚抄』に、「女郎花 新撰万葉集云、女郎花。倭歌云、女倍之。〔乎美那閉之。今案、花如蒸粟也。所出未詳。〕」と、また敗醬は「和名知女久佐」と。
『大和本草』に、「敗醬(ヲミナヘシ) ・・・倭俗所レ謂女郎花ナリ」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』に、「オモヒグサ万葉集 コノテガシハ ヲミナヘシ共に同上 女郎花和名鈔古今集 ヲミナメシ ヲミナエシ備前 チメグサ和名鈔 菊花女」と。 |
属名 Patrinia は、フランスの植物学者パトラン E.L.M.Patrin(1742-1814)に因む。
種小名は、「マツムシソウのような葉の」。 |
説 |
オミナエシは、北海道・本州・四国・九州・朝鮮・極東ロシア・シベリア南部・モンゴリア・遼寧・吉林・黑龍江・華北・華東・兩湖・兩廣・四川・貴州・雲南・ベトナムに分布。
埼玉県では絶滅危惧ⅠB類(EN)。 |
ハマオミナエシ f. crassa は、オミナエシの海岸型。北海道・本州の海岸に分布。 |
誌 |
中国では、次のような植物の根・根茎・全草を敗醬(ハイショウ,bàijiàng)・敗醬草と呼び、薬用にする(〇印は正品)。
『中薬志Ⅲ』pp.141-147 『全国中草葯匯編』上/525-526 『(修訂) 中葯志』IV/65-74 『中葯大辞典』2768
ホクシオミナエシ Patrinia heterophylla(P.angustifolia;異葉敗醬・狹葉敗醬・墓頭回)
Patrinia monandra (少蕊敗醬・單葯敗醬)
Patrinia rupestris (巖敗醬)
〇オミナエシ Patrinia scabiosifolia (敗醬・黃花龍牙)
〇オトコエシ Patrinia villosa(P.sinensis;攀倒甑・白花敗醬)
ヤクシソウ Crepidiastrum denticulatum(Youngia denticulata, Ixeris denticulata;
黃瓜菜・黃瓜假還陽參・秋苦蕒菜・盤兒草)
イヌヤクシソウ Crepidiastrum sonchifolium(Ixeridium sonchifolium,
Ixeris sonchifolium, Paraixeris serotina;
尖裂假還陽參・抱莖苦蕒菜・苦碟子・苦蕒菜)
ニガナ Ixeridium dentatum(Ixeris dentata;小苦蕒・齒緣苦蕒・苦瓜菜)
ウサギソウ Ixeris chinensis(Ixeridium chinense;
苦菜・中華苦蕒菜・山苦蕒・山苦菜・小苦苣・黃鼠草)
マンシュウタカサゴソウ subsp. versicolor(I.versicolor;變色苦菜)
ノニガナ Ixeris polycephala(I.dissecta;苦蕒菜・多頭苦蕒・野苦菜)
タイワンニガナ Lactuca fornosana(臺灣翅果菊・臺灣萵苣)
アキノノゲシ Lactuca indica(L.amurensis;山萵苣・鴨子食・翅果菊)
Lactuca morii (臺灣山萵苣)
ムラサキハチジョウナ Lactuca tatarica (紫花山萵苣・蒙山萵苣)
オニノゲシ Sonchus asper(續斷菊・石白頭・大葉苣蕒菜)
〇セイヨウハチジョウナ Sonchus arvensis(北敗醬・蕒菜・裂葉苦蕒菜・匐葉苦菜)
ハチジョウナ Sonchus brachyotus(苦蕒菜・長裂苦苣菜・苣蕒菜)
ノゲシ Sonchus oleraceus(苦苣菜・苦蕒菜)
グンバイナズナ Thlaspi arvense(菥蓂・遏藍菜)
また、次のような植物の全草を墓頭回(ボトウカイ,mùtóuhuí)と呼び、薬用にする(〇印は正品)。
『全国中草葯匯編』上/868-869
〇ホクシオミナエシ P. heterophylla (P.angustifolia;墓頭回・異葉敗醬)
イワオミナエシ P. rupestris (巖敗醬)
〇モウコオミナエシ P. scabra(P.rupestris subsp.scabra;糙葉敗醬・山敗醬)
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日本では、秋の七草の一。
『万葉集』に詠われる歌は、文藝譜を見よ。代表的なものは、
をみなへし あきはぎ(秋萩)しの(凌)ぎ さをしか(鹿)の
つゆ(露)わ(分)けな(鳴)かむ たかまと(高円)の野そ (20/4297,大伴家持)
をみなへし 秋芽(あきはぎ)た折れ 玉鉾の 道行裹(みちゆきつと)と 乞はむ児がため
(8/1534,石川老夫)
こと更に 衣は摺らじ をみなへし 咲く野の芽子(はぎ)に にほひて居らむ
(10/2107,読人知らず)
秋の田の 穂む(向)き見がてり わがせこ(背子)が
ふさたを(手折)りける をみなへしかも (17/3943,大伴家持)
をみなへし さきたる野辺を ゆきめぐり きみを念ひ出 たもとほりきぬ
(17/3944,大伴池主)
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『古今集』巻4 秋には、「女郎花」の漢字表記に基づく歌が載る。
名にめでて おれる許ぞ をみなへし 我おちにきと 人にかたるな (僧正遍昭)
秋ののに なまめきたてる をみなへし あなかしがまし 花もひととき (同、卷19)
をみなへし うしとみつつぞ 行きすぐる おとこ山にし たてりとおもへば
(布留今道「僧正遍昭がもとに、ならへまかりける時に、おとこ山にてをみなへしをよめる」)
秋ののに やどりはすべし をみなへし 名をむつまじみ たびならなくに
(藤原敏行「是貞のみこの家の歌合のうた」)
をみなへし おほかるのべに やどりせば あやなくあだの 名をやたちなん
(小野美材(良樹)「題しらず」)
女郎花 秋のの風に うちなびき 心ひとつを たれによすらん
(藤原時平「朱雀院のをみなへしあはせに よみてたてまつりける」)
秋ならで あふことかたき をみなへし あまのかはらに おひぬものゆへ
(藤原定方)
たが秋に あらぬものゆへ をみなへし なぞ色にいでて まだきうつろふ
(紀貫之)
をぐら山 みねたちならし なく鹿の へにけむ秋を しる人ぞなき
(紀貫之「朱雀院のをみなへしあはせの時に、
をみなへしといふいつもじを、くのかしらにをきてよめる」、卷10物名)
つまこふる 鹿ぞなくなる 女郎花 をのがすむのの 花としらずや (凡河内躬恒)
をみなへし 吹すぎてくる 秋風は めには見えねど かこそしるけれ (同)
人のみる ことやくるしき をみなへし 秋ぎりにのみ たちかくるらん (壬生忠岑)
ひとりのみ ながむるよりは 女郎花 わがすむやどに うへてみましを (同)
をみなへし うしろめたくも 見ゆる哉 あれたるやどに ひとりたてれば
(兼覧王「ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうへたりけるをみてよめる」)
花にあかで なにかへるらん をみなへし おほかるのべに ねなまし物を
(平貞文「寛平御時 蔵人所のをのこども さが野に花みんとてまかりたりけるとき、
かへるとてみなうたよみけるついでによめる」)
あきくれば のべにたはるる 女郎花 いづれの人か つまでみるべき
秋霧の はれてくもれば をみなへし 花のすがたぞ みえがくれする
花と見て おらむとすれば 女郎花 うたゝあるさまの なにこそありけれ
(以上、卷19、よみ人しらず)
しらつゆを たまにぬくとや さゝがにの 花にもはにも いとをみなへし
あさつゆを わけそぼちつゝ 花みんと 今ぞの山を みなへしりぬる
(紀友則、卷10物名「をみなへし」)
をぐら山 みねたちならし なくしかの へにけん秋を しる人ぞなき
(紀貫之「朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしといふいつもじを
くのかしらにおきてよめる」、卷10物名「をみなへし」)
西行(1118-1190)『山家集』に、
をみなへし わけつるのべ(野辺)と おも(思)はばや
おなじつゆ(露)にし ぬ(濡)るとみ(見)てそは
をみなへし いろめくのべに ふ(触)ればゝん たもとにつゆや こぼれかゝると
けさみれば つゆのすがるに をれふして おきもあがらぬ をみなへしかな
おほかたの 野べの露には しほるれど わがなみだ(涙)なき をみなへし哉
はな(花)がえ(枝)に 露のしらたま ぬきかけて を(折)る袖ぬらす をみなへし哉
をらぬより そでぞぬれぬる 女郎花 露むすぼれて た(立)てるけしきに
いけ(池)のおも(面)に かげをさやかに うつしても
みづかがみ見る をみなへし哉
たぐひなき はなのすがたを 女郎花 いけのかがみに うつしてぞみる
女郎花 いけのさなみに えだひぢて ものおもふそでの ぬ(濡)るゝがほ(顔)なる
ほにいでて しの(篠)のを(小)すすき まねくの(野)に
たはれてたてる をみなへし哉
月の色を はなにかさねて をみなへし うはも(上裳)のしたに つゆをかけたる
よひ(宵)のまの 露にしをれて 女郎花 ありあけの月の かげにたは(戯)るゝ
庭さゆる 月なりけりな をみなへし しも(霜)にあひぬる はなとみ(見)たれば
たまかけし はなのすがたも おとろへて しもをいただく をみなへしかな
『新古今集』に、
たれをかもまつちの山のをみなへし秋と契れる人ぞあるらし (小野小町)
女郎花そも茎ながら花ながら (同)
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ひよろひよろと猶露けしや女郎花 (芭蕉,1644-1694)
とかくして一把になりぬをみなへし (蕪村,1716-1783)
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