かわらなでしこ (河原撫子)
学名 |
Dianthus superbus var. longicalycinus |
日本名 |
カワラナデシコ |
科名(日本名) |
ナデシコ科 |
日本語別名 |
ナデシコ、ヤマトナデシコ(大和撫子)、トコナツ(常夏)、ヒグラシグサ、カタミグサ |
漢名 |
瞿麥(クバク,qúmài)、長萼瞿麥(チョウガククバク,chāng'è qúmài) |
科名(漢名) |
石竹(セキチク,shízhú)科 |
漢語別名 |
紅花瞿麥、野麥、大菊、蘧麥(キョバク,qúmài)、地面、木碟花、剪刀花、十樣景 |
英名 |
Fringed pink |
2024/06/27 植物多様性センター |
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2008/07/24 長野県霧ケ峰 |
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2011/08/14 長野県八子ケ峰 |
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2023/09/09 長野県入笠山 |
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2005/12/20 跡見学園女子大学新座キャンパス
(栽培) |
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辨 |
ナデシコ科 Caryophyllaceae(石竹 shízhú 科)には、世界に約80-90属 約2000-3000種がある。
Acanthophyllum(刺石竹屬) 西&中央アジア・ヒマラヤ・モンゴルに約70-80種
A. pungens(刺葉) カフカス・中央アジア・モンゴル産
ムギセンノウ属 Agrostemma(麥仙翁屬)
ノミノツヅリ属 Arenaria(無心菜屬・蚤綴屬)
incl. Moehringia
Brachystemma(短瓣花屬) 1種
B. calycinum(短瓣花) 廣西・四川・貴州・雲南・インドシナ・ヒマラヤ産
ミミナグサ属 Cerastium(卷耳屬)
タカネツメクサ属 Cherleria 北半球の温帯・亜寒帯に約30種
C. arctica (Minuartia artica, M.barkalovii, Arenaria arctica;北極米努草)
エゾタカネツメクサ var. arctica 北海道から周北極地方に産
タカネツメクサ var. hondoensis(var.minor, M.hondoensis,
Arenaria arctica var.hondoensis) 本州(飯豊山地・中部山岳)産
ハイツメクサ C. biflora(Alsine biflora, A.occulta, Alsinopsis biflora,
Minuartia biflora, Stellaria biflora, Arenaria sajanensis;
二花米努草) 飛騨山脈白馬山から北半球亜寒帯に産
絶滅危惧IB類(EN,環境省RedList2020)
ナンキョクミドリナデシコ属 Colobanthus(南漆姑屬) 南半球に約20種
ナデシコ属 Dianthus(石竹屬) 約300種
ヤンバルハコベ属 Drymaria(荷蓮豆草屬) 世界の熱帯を中心に約50種
オムナグサ D. cordata(荷蓮豆草・菁芳草・水藍靑・水氷片・穿綫蛇・
有米菜・河乳豆草・對葉蓮・荷蓮豆草)『中国本草図録』Ⅰ/0051
中南米・アフリカ原産、八丈島・小笠原・宮崎県青島・臺灣・華東・兩廣・湖南・西南などに産
オムナグサ var. pacifica
ヤンバルハコベ(ネバリハコベ) D. diandra(D.cordata subsp.diandra;荷蓮豆草)
琉球・臺灣・漢土・東南アジア・濠洲・インド・アフリカに産
タイリンツメクサ属 Eremogone(老牛筋屬)
カラフトツメクサ E. capillaris(Arenaria capillaris;毛葉老牛筋)
朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・内モンゴリア・シベリア・極東ロシア・北米北西部産
『中国本草図録』Ⅸ/4093
ハリツメクサ var. glandulifera
イトフスマ E, juncea(Arenaria juncea;老牛筋・燈心草蚤綴・燈心蝨綴・山銀柴胡)
朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・モンゴリア・南シベリア産
『中薬志Ⅰ』pp.504-510、『中国本草図録』Ⅵ/2568
ケナシフスマ var. glagra
E. kansuensis(Arenaria kansuensis;甘肅蚤綴・甘肅雪靈芝)
甘粛・青海・四川・雲南・ヒマラヤ産 『雲南の植物』78
E. potaninii(Arenaria poaninii;五蕊老牛筋) 新疆・カザフスタン産
Gymnocarpos(裸果木屬) 北アフリカ・西アジア・華北・西北・モンゴリアに2-10種
G. przewalskii(裸果木) 内蒙古・西北産
カスミソウ属 Gypsophila(石頭花屬・霞草屬・絲石竹屬) 約130種
incl.Vaccaria
コゴメビユ属 Herniaria(治疝草屬) 世界に約50種
H. caucasica(高加索治疝草) カフカス・西&中央アジア・モンゴル産
コゴメビユ H. glabra(治疝草) 北アフリカ。歐洲・西&中央アジア・シベリア・モンゴル産
H. polygama(雜性治疝草) 東歐・歐洲ロシア・中央アジア・シベリア・モンゴル産
カギザケハコベ属 Holosteum(硬骨草屬) 歐洲・北&北東アフリカ・西&中央アジアに3-4種
カギザケハコベ H. umbellatum(硬骨草) 歐洲・北西&北東アフリカ・西&中央アジアに産
ハマハコベ属 Honckenya(冰漆姑屬)
オオヤマハコベ属 Lepyrodiclis(薄蒴草屬) 歐亞の温帯に3-4種
ハナハコベ L. holosteoides(薄蒴草)『中国雑草原色図鑑』53
モンゴリア・中国西北・四川・チベット・ヒマラヤから中央&西アジアに産
L. stellarioides(繁縷薄蒴草) 新疆・中央&西アジア産
Minuartia(山漆姑屬・米努草屬) 北半球の温帯~寒帯に約64種
M. arctica
エゾタカネツメクサ var, arctica 絶滅危惧IA類(CR,環境省RedList2020)
Odontostemma(柔軟無心菜屬) 華北・西北・西南・ヒマラヤに約60種
O. napuligerum(Arenaria napuligera;滇藏無心菜・小塊根滇藏無心菜)
四川・雲南・チベット産 『雲南の植物』78・『中国本草図録』Ⅷ/3542
コモチナデシコ属(ハリナデシコ属) Petrorhagia(膜萼花屬)
スナジムグラ属 Polycarpaea(白鼓釘屬) 世界の熱帯・亜熱帯に約74種
スナジムグラ P. corymbosa(白鼓釘・滿天星草)
臺灣・華東・兩廣・雲南から世界の熱帯・亜熱帯に産
P. gaudichaudi(大花白鼓釘) 廣東・インドシナ産
ヨツバハコベ属 Polycarpon(多莢草屬) 北アフリカ・歐洲・西アジアに約8-16種
P. prostratum(P.indicum;多莢草) 福建・兩廣・雲南から印度・アフリカ産
ヨツバハコベ P. tetraphyllum(Mollugo tetraphyllum)
歐洲・北&北東アフリカ・南西&南アジア産
ヌカイトナデシコ属 Psammophiliella 歐洲~中央アジア・シベリアに約4種
ヌカイトナデシコ P. muralis
Psammosilene(金鐵鎖屬) 1種
P. tunicoides(金鐵鎖・昆明沙參・獨釘子) 四川・貴州・雲南・チベット・インドシナ産
『全国中草葯匯編』上/539
ミヤマツメクサ属 Pseudocherleria 北半球亜寒帯・日本・朝鮮・中国東北・モンゴリア・西亜に約11-12種
タイリンツメクサ P. laricina(Arenaria laricina, Minuartia laricina,
Spergula laricina;石米努草・高山漆姑)
P. macrocarpa (Arenaria macrocarpa, Minuarta macrocarpa))
var. mcrocarpa アジア北部・北アメリカ北西部に分布
ミヤマツメクサ var. jooi(M.jooi, Alsine jooi, A.macrocarpa var.jooi,
Arenaria macrocarpa var.jooi)
エゾミヤマツメクサ var. yezoalpina(M.macrocarpa var.minutiflora,
M.subfalcata, Arenaria macrocarpa var.yezoalina)
チョウセンミヤマツメクサ var. koreana
アライトミヤマツメクサ subsp. kurilensis(P.kurilensis,
Arenaria mcrocarpa var.minutiflora sensu H.Hara,
Minuartia kurilensis)
ワチガイソウ属 Pseudostellaria(孩兒參屬) イタリア・バルカン・温帯アジア・USA中部に約18-24種
ツルワチガイ P. davidii(蔓假繫縷・蔓孩兒參)
朝鮮・モンゴリア・遼寧・吉林・黑龍江・河北・西北・華東・四川・貴州・雲南産
イワワチガイソウ P. ebracteata(Stellaria ebrcteata)
朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・極東ロシア産
P. heterantha
ワチガイソウ var. heterantha(P.maximowicziana, Stellaria maximowicziana,
S.heterantha, Krascheninilovia heterantha;異花假繫縷)
本州(岩手以南)・四国・九州・極東ロシア・内蒙古・河北・陝西・河南・安徽・四川・貴州・雲南産
ヒナワチガイソウ var. linerifolia(P.musashiensis,
Krascheninikovia heterantha var.linarifolia)
ワダソウ P. heterophylla(P.koidzumiana, P.rhaphanorrhiza,
Krascheninikovia heterophylla, K,japonica, K.koidzumiana,
K.rhaphanorrhiza, Stellaria heterophylla;
孩兒參・異葉假繫縷・太子參)『中薬志Ⅰ』pp.104-106 『全国中草葯匯編』上/507-508
本州(岩手以南)・九州・朝鮮・ロシア沿海地方・遼寧・吉林・黑龍江・華北・華東・兩湖・四川産
P. himalaica(須彌孩兒參) 四川・雲南・ヒマラヤ・カシミール産
ナンブワチガイソウ P. japonica(Krascheninikovia ciliata, K.japonica;
毛脈孩兒參) 岩手・宮城・福島・栃木・茨城・長野・遼寧・吉林・黑龍江・ロシア沿海地方産
ナガエワダソウ P. longipedicellata(P.okamotoi var.longipedicellata) 朝鮮産
チイサンワチガイソウP. okamotoi 朝鮮産
ヒゲネワチガイソウ P. palibiniana(Kraascheninikovia palibiniana)
本州(東北~中部)・四国・朝鮮産
ヒゲネワチガイソウ P. palibiniana 日本・朝鮮産
P. rupestris(石生孩兒參) シベリア・モンゴリア・青海・吉林・極東ロシア産 フチゲワダソウ P. setulosa 朝鮮産
クシロワチガイソウ P. sylvatica(Krascheninikovia sylvatica,
Stellaria sylvatica;狹葉假繫縷・細狹葉孩兒參)
北海道・青森・岩手・栃木・朝鮮・極東ロシア・遼寧・吉林・黑龍江・華北・湖北・陝甘・新疆産
ホソバツメクサ属 Sabulina 北半球温帯寒帯・南米パタゴニアに約65種
ヤマハルユキソウ S. verna(Alsine verna, Arenaria verna, Cherleria verna,
Minuartia verna, Stellaria verna, Tryphane verna)
ホソバツメクサ(コバノツメクサ) var. japonica(Arenaria verna var.japonica,
A.laricifolia)
ツメクサ属 Sagina(漆姑草屬)
サボンソウ属 Saponaria(肥皂草屬・石鹼花屬)
シバツメクサ属 Scleranthus(綫球草屬) 主として歐洲~シベリアに約13種
シバツメクサ S. annuus ヨーロッパ原産
アオバナツメクサ S. perennis
マンテマ属 Silene(蠅子草屬) 約400種
incl. Cucubalus, Gastrolychnis, Melandrium
オオツメクサ属 Spergula(大爪草屬) 主としてユーラシアに5-12種
オオツメクサ S. arvensis ユーラシア・アフリカ原産
ノハラツメクサ var. arvensis(大爪草)
オオツメクサ var. sativa ヨーロッパ原産
オオツメクサモドキ var. maxima
ウシオツメクサ属 Spergularia(牛漆姑屬) 世界に20-60種
ウシオハナツメクサ S. bocconii 地中海地方・アラビア・イラン原産
ウシオツメクサ S. marina(S.salina, S.marina var.asiatica;擬漆姑・牛漆姑)
遼寧・吉林・黑龍江・河北・江蘇・四川・貴州・雲南・西北から,世界の温帯に産
S. diandra(二蕊擬漆姑) 中国西北からシベリア・中央&西アジア・地中海地方産
S. media(緣翅擬漆姑) 地中海地方~中央アジア・内蒙古・南アフリカに産
ウスベニツメクサ S. rubra(田野擬漆姑) 北アフリカ・歐亞の温帯・亜寒帯に産
ハコベ属 Stellaria(繫縷屬) 約120属
incl. Myosoton
Telephium(八寶韋草屬) 地中海地方・西アジア・ソマリアに約5種
T. imperati 地中海地方・西アジア産
Thylacospermum(嚢種草屬) 華北・四川・貴州・雲南・西北・中央アジアに2種
T. caespitosum(嚢種草・簇生嚢種草) 四川・貴州・雲南・西北・ヒマラヤ・中央アジア産
ムシトリビランジ属 Viscaria(蠅春羅屬)
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ナデシコ属 Dianthus(石竹 shízhú 屬)には、北半球の温帯を中心に約300-600種がある。
オヤマナデシコ D. alpinus アルプス東部原産
ノハラナデシコ D. armeria(E.Deptford pink;筆花石竹)歐洲原産、日本の所々に帰化
ビジョナデシコ(ヒゲナデシコ・アメリカナデシコ) D. barbatus(鬚苞石竹)
ホソバヒゲナデシコ var. asiaticus
カンナデシコ D. buergeri
ギンナデシコ D. caesius(D. gratianopolitanus) 中歐・イギリス原産
D. callizonus ルーマニア(トランシルバニア)原産
ホソバナデシコ D. carthusianerum 外来種、観賞用に栽培
オランダセキチク(ジャコウナデシコ・カーネーション・アンジャベル) D. caryophyllus
(香石竹・麝香石竹・康納馨・紅茂草;E.Carnation)
セキチク(カラナデシコ) D. chinensis(D.versicolor, D.chinensis var.versicolor,
D.chinensis var.amurensis, D.amurensis, D.versicolor
var.subuliflolius;石竹・洛陽花)
『中国本草図録』Ⅲ/1100・Ⅵ/2569,2570・『中国雑草原色図鑑』52・
トコナツ var. semperflorens 日本で江戸時代に作られ、幕末に流行。1901-1930ころ再流行。
イセナデシコ var. laciniatus(D.×isensis) 同上
var. subulifolius(蒙古石竹) 『中国本草図録』Ⅸ/4094
チャボナデシコ var. morii(高山石竹) 『中国本草図録』Ⅲ/1101
ヒメナデシコ(オトメナデシコ) D. deltoides (少女石竹)北歐原産、観賞用に栽培
ニオイナデシコ D. fragrans カフカス原産
イワナデシコ D. glacialis 中・東部アルプス原産
シバナデシコ D.gratianopolitanus 西歐・中歐原産
D. haematocalyx バルカン半島原産
ハマナデシコ(フジナデシコ) D. japonicus(日本石竹)
ヒメハマナデシコ D. kiusianus
ホタルナデシコ D. knappi(克那貝石竹)
ゼニナデシコ D. neglectus 東部ピレネー・アルプス原産
D. orientalis(繸裂石竹・東方石竹) 小アジア~ヒマラヤ産
バロンナデシコ D. palinensis 臺灣産
トコナデシコ(タツタナデシコ) D. plumarius (羽瓣石竹・常夏石竹) オーストリア~シベリア産
D. ramosissimus(多分枝石竹) 中央アジア・モンゴル・シベリア産
アムールナデシコ D. repens(簇莖石竹) 歐亞の亜寒帯・アラスカ産 『中国本草図録』Ⅸ/4095
シナノナデシコ D. shinanensis(D.barbatus var.shinanensis) 本州中部産
ミヤマナデシコ f. alpinus 飛騨山脈・明石山脈産
D. soongoricus(D.crinitus subsp.soongoricus;準噶爾石竹) 中央アジア・モンゴル産
D. superbus
カワラナデシコ var. longicalycinus(D.longicalyx;長萼瞿麥)
タカネナデシコ var. speciosus(高山瞿麥)
エゾカワラナデシコ var. superbus(瞿麥;E. superb pink)
D. sylvestris ピレネー・アルプス・アペニン原産
コケナデシコ var. frigidus
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Dianthus superbus には、次のような種内分類群がある。
クモイナデシコ var. amoenus
ニイタカセキチク var. hayatae
カワラナデシコ var. longicalycinus(D.longicalyx;長萼瞿麥)『中国雑草原色図鑑』52
サンシキナデシコ f. tricolor
タカネナデシコ(オノナデシコ) var. speciosus(高山瞿麥)
シロバナタカネナデシコ f. chionanthus
エゾカワラナデシコ var. superbus(瞿麥;E. superb pink)『中国本草図録』Ⅲ/1102
シロバナエゾカワラナデシコ f. albiflorus (f.leucanthus)
ヒロハカワラナデシコ f. latifolius (var.pychnophyllus)
タイワンナデシコ var. taiwanensis
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なお、一見ナデシコ類に似た観賞用の花卉に、クサキョウチクトウがある。
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訓 |
日本の古名は 単になでしこ(撫子)、『万葉集』に見える。「なでるようにして大切にあつかう子ども。愛する子。愛児」の意(『日本国語大辞典(第二版)』)で、この花が小さくて愛らしい様子から。
かわらなでしことは、本種がしばしば川原に生えることから。近世以降の呼称である。 |
『古今集』(ca.914)・『源氏物語』(ca.1004-1012)には、とこなつ(常夏)の名で詠われている。本種の花期が 初夏から晩秋までたいへんに長いことから。
(なお、今日園芸品として売られているトコナツは、セキチクから江戸時代に作り出された四季ざきの品種 var. semperflorens を指しており、古典に見られる原義とは異なる)。 |
やまとなでしことは、カラナデシコに対していう呼び方。
本種は日本土産種であるから、古くはたんになでしこと呼ばれた。のちに 同属で中国産のセキチク D.chinensis が入ると、在来種をやまとなでしこ、外来種をからなでしこと呼んで区別した。
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漢名の瞿麥(クバク,qúmài)は、麥というのは種子がムギに似ることから。瞿は、両旁に生じる意で、ここでは穂が旁に生じることから。(以上『本草綱目』)。 |
『本草和名』瞿麦に、「和名奈天之古」と。
『延喜式』瞿麦に、「ナテシコ」と。
『倭名類聚抄』瞿麦に、「和名奈天之古、一云止古奈豆」と。
『大和本草』に、「瞿麥(ナテシコ,セキチク) ・・・撫子(ナテシコ)トハ花ノ形チイサヤカニ其色愛スヘキヲ以テ名ツク。トコナツトハ其花春ヨリ秋マテサカリ久シクサキツゞクユヘニ名ツクト榮雅抄ニイヘリ」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』瞿麦に、「トマリグサ ナツカシグサ チゝコグサ ヒクレグサ トコナツ已上古名 ナデシコ古今通名 カハラナデシコ ヤマトナデシコ チヤセンバナ奥州」と。 |
属名 Dianthus は「神 Dios の花 anthos」。 |
英名の fringed は「房飾りのついた」、pink は、なでしこ、あるいはなでしこの花。
オランダ語聖霊降臨祭 Pinkster に由来する、という。 |
説 |
カワラナデシコは、本州・四国・九州・朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・華北・陝甘・寧夏・華東・兩湖・兩廣・四川・貴州・臺灣などに分布。
エゾカワラナデシコは、北海道・本州(中部以北)・朝鮮・漢土から、広くユーラシア大陸に分布。 |
誌 |
中国では、カワラナデシコ・セキチクなどの全草・根を瞿麥(クバク,qúmài)と呼び、種子を瞿麥子と呼び、薬用にする(〇印は正品)。
〇セキチク(カラナデシコ) D. chinensis(D.amurensis, D.subulifolius,
D.versicolor; 石竹・洛陽花)
D. orientalis(繸裂石竹・東方石竹)
〇カワラナデシコ(エゾカワラナデシコ) D. superbus(瞿麥)
また、ナデシコ科 Caryophyllaceae(石竹 shízhú 科)の植物のうち次のものの根を山銀柴胡(サンギンサイコ,shān yíncháihú)と呼び薬用にする(〇印は正品)。 『全国中草葯匯編』上/803-804
〇イトフスマ Eremogene juncea(Arenaria juncea;老牛筋・燈心蝨綴・山銀柴胡)
Gypsophila acutifolia(絲石竹・石頭花・石欄菜)
ノハラコゴメナデシコ Gypsophila davurica(草原石頭花・興安絲石竹)
〇イワコゴメナデシコ Gypsophila oldhamiana(霞草・長蕊石頭花・絲石竹・山銀柴胡)
シュッコンカスミソウ Gypsophila paniculata(霞草・圓錐石頭花・錐花絲石竹)
ヒメケフシグロ(コフシグロ) Silene aprica(Melandrium apricum;女婁菜・王不留行)
〇アシボソマンテマ Silene jenisseensis (山螞蚱・旱麥瓶草・山銀柴胡)
フシグロセンノウ Silene miqueliana(Lychnis miqueliana;女婁菜剪秋羅・全緣剪秋羅)
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日本では、文献上の初見は『出雲国風土記』(733)の「瞿麦」。 |
『万葉集』に、石竹・瞿麦をなでしこと訓む。詳しくは、文藝譜を見よ。
秋の七草の一であり、人々は野辺にさく花を摘んで楽しんだ。
射目立てて 跡見(とみ)の岳辺(をかべ)の 瞿麦の花
総(ふさ)手折り 吾はゆきなむ 奈良人の為 (8/1549,紀鹿人)
高円の 秋の野の上の 瞿麦の花 うらわかみ 人の挿頭(かざ)しし 瞿麦の花
(8/1610,丹生女王)
野邊見れば 瞿麦の花 咲きにけり
吾が待つ秋は 近づくらしも (10/1972,読人知らず)
野にあるナデシコは、庭に移し植えて愛でた。
ひともと(一本)の なでしこう(植)ゑし そのこころ(心)
たれ(誰)にか見せむと おも(思)ひそめけむ
(18/4070,大伴家持。「庭中の牛麦花を詠む歌」。牛麦は、瞿麦と諧音)
吾が屋外(やど)に 蒔きし瞿麦 何時しかも 花に咲きなむ なそ(比)へつつ見む
(8/1448,大伴家持)
吾が屋前の 瞿麦の花 盛りなり 手折りて一目 見せむ児もがな
(8/1496,大伴家持「石竹花歌」)
朝毎に 吾が見る屋戸の 瞿麦の 花にも君は ありこせぬかも
(8/1616,笠郎女大伴家持に贈る歌)
人々は、ナデシコの花に 恋人の姿を重ねて見ていた。
秋さらば 見つつ思(しの)べと 妹が殖ゑし
屋前(やど,には)の石竹 開(さ)きにけるかも
(3/464,大伴家持「砌(みぎり)の上(ほとり)の瞿麦の花を見て作る歌」)
石竹の その花にもが 朝な旦な 手に取り持ちて 恋ひぬ日無け (3/408,大伴家持)
隠りのみ 恋ふれば苦し 瞿麦の 花に開き出よ 朝な旦な見む (10/1992,読人知らず)
おほきみの とほのみかどと ま(任)きたまふ 官のまにま
みゆきふる こし(越)にくたり来 あらたまの としの五年
しきたへの 手枕まかず ひもとかず まろ宿(ね)をすれば
いぶせみと 情(こころ)なぐさに なでしこを や戸(宿)にまきおほし
夏ののの さゆりひきうゑて 開く花を いで見るごとに
なでしこが そのはなづま(花妻)に さゆり花 ゆり(後)もあはむと
なぐさむる こころしなくは あまさかる ひな(鄙)に一日も あるべくもあれや
反歌
なでしこが 花見るごとに をとめらが ゑまひのにほひ おもほゆるかも
さゆり花 ゆりも相はむと したはふる こころしなくは 今日もへ(経)めやも
(18/4113;4114;4115,大伴家持「庭の中の花に歌を作る」)
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やまとなでしこの語は、素性法師(9c.末-10c.初)の次の歌に初見。
我のみや あはれと思はん 蛬(きりぎりす) なくゆふかげの やまとなでしこ
(『寛平后宮歌合』(893)・『古今和歌集』(ca.914)所収)
清少納言『枕草子』(ca.1000)第67段「草の花は」には、「草の花は、なでしこ。から(唐)のはさらなり、やまと(大和)のもいとめでたし」とある。
からなでしこの語の初見は『栄華物語』(11c.末)という。
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『八代集』に、
ちりをだに すゑじとぞ思ふ さきしより いもとわ(我)がぬる とこ夏の花
(凡河内躬恒「となりより、とこなつの花をこひにおこせたりければ、をしみて、
この歌をよみてつかはしける」、『古今集』。「常」と「床」とをかける)
あなこひし 今もみてしが 山がつの かきほにさける やまとなでしこ
(よみ人しらず、『古今集』)
ひとしれず わがしめしのゝ とこなつは 花さきぬべき 時ぞきにける
わがやどの かきねにうゑし なでしこは 花にさん南 よそへつゝ見む
常夏の 花をだに見ば ことなしに すぐす月日も みじかかりなん
常夏に おもひそめては 人しれぬ 心の程は 色に見え南
色といへば こきもうすきも たのまれず 山となでしこ ちる世なしやは(返し)
(以上、よみ人しらず、『後撰集』4夏)
なでしこは いづれともなく にほへども をくれてさくは あはれなりけり
(藤原忠平「師尹(もろまさ)朝臣のまだわらはにて侍ける、とこ夏の花をゝりて
もちて侍りければ、この花につけて、内侍のかみの方にをくり侍ける」、『後撰和歌集』4夏)
なでしこの 花ちり方に なりにけり わが松秋そせ ちかくなるらし
(よみ人しらず、『後撰集』4夏)
つまにおふる ことなしぐさを 見るからに たのむ心ぞ かずまさりける
(源庶明「人のもとにはじめてふみつかはしたりけるに、返事はなくて、たゞかみを
ひきむすびてかへしたりければ」。ことなし草は、シノブか)
をくつゆの かゝる物とは おもへども か(枯・離)れせぬ物は なでしこのはな
(源庶明「かくてをこせて侍けれど、宮づかへする人なりければ、いとまなくて、
又のあしたに、とこなつの花につけてをこせて侍ける」)
かれずとも いかゞたのまむ なでしこの 花はときはの いろにしあらねば
(よみ人しらず「返し」、以上三首『後撰集』)
打返し 見まくぞほし き故郷の やまとなでしこ 色やかはれる
(よみ人しらず「わすれにける女を思いでてつかはしける」、『後撰集』)
ふたばより わがしめゆひし なでしこの はなのさかりを ひとにをらすな
(よみ人しらず「女ごもて侍ける人に、思ふ心侍てつかはしける」、『後撰集』)
時鳥(ほととぎす) 鳴きつつ出づる あしびきの やまと撫子 咲きにけらしも
(大中臣宣朝、『新古今和歌集』)
西行(1118-1190)『山家集』に、
かきわけて おればつゆこそ こぼれけれ あさぢ(浅茅)にまじる なでしこの花
露おもみ その(園)のなでしこ いかならん あらく見えつる ゆふだち(夕立)の空
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増基『いほぬし』(947-957頃)に、「いひちぎる事ありける人に。 契をきし大和なてしこ忘るなよみぬまに露の玉きえぬとも」と。 |
紫式部『源氏物語』(1004-1012頃)帚木の巻、雨夜の品定めの一節。頭中将が夕顔との交情の一こまを思い出して、源氏に語るには・・・、
久しく訪ねてこない頭中将に対して、夕顔が「なでしこの花をを(折)りて」次の歌を贈った。
山がつの かきほ(垣穂)あ(荒)るとも をりをりに あはれはかけよ なでしこの露
(夕顔は、頭中将との間に生まれた娘である玉鬘を「なでしこ」に擬え、
せめて娘に会いに来て、と求める)。
これに対して頭中将は「おもひいでしままに、(夕顔の家に)まかりたりしかば、れい(例)のうらもなき物から、いと物おもひがほ(顔)にて、あれたる家の、露しげきをながめて、むしのね(音)にきほへるけしき(気色)、むかし物がたりめきて、おぼえ侍りし。
さきまじる 花はいづれと わかねども なほとこなつ(常夏)に しくものぞなき
(頭中将の歌。夕顔をとこなつになぞらえ、交情の復活を求める)。
やまとなでしこ(玉鬘を指す)をばさしおきて、まづ「ちり(塵)をだに(上欄に引く凡河内躬恒の歌を参照)」など、おや(親すなわち夕顔)のこころ(心)をとる。
うちはらふ 袖もつゆけき とこなつに あらしふ(吹)きそふ 秋もきにけり
とはかなげにい(言)ひなして、まめまめしくうらみたるさまもみえず。」云々。 |
藤原孝標女『さらしな日記』(1059頃)に、「相摸の國になりぬ。・・・もろこしがはら〔神奈川県平塚から大磯の一帯〕といふ所も。すなごのいみじうしろきを二三日ゆく。夏はやまとなでしこのこくうすく。にしきをひけるやうになん咲たる。これは秋の末なれば。見えぬといふになを所々は打こぼれつゝ。あはれげに咲わたれり。もろこしがはら。やまとなでしこしも咲けんこそなど。人々おかしがる」と。 |
『花壇地錦抄』(1695)巻四・五「草花 夏之部」に、瞿麦(なてしこ)・石竹(せきちく)の品種を載せると。 |
酔て寝むなでしこ咲ける石の上 (芭蕉,1644-1694)
霜の後撫子さける火桶哉 (同)
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ピンク色というのは、西洋では(桃の花の色ではなく)なでしこの花の色である。
その含意は、(日本のピンク色が性的な意味を持つのに対して)、若さ・健康・清純など。 |
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