まつ (松) 

 マツ(松)は、マツ科 Pinaceae(松 sōng 科) マツ属 Pinus(松 sōng 屬)の植物の総称。
 裸子植物については、裸子植物を見よ。
 マツ科 Pinaceae(松 sōng 科)には、主として北半球の温帯~熱帯に、11属約225種がある。

  モミ属 Abies (冷杉屬)

  Cathaya (銀杉屬)
 1種
    ギンサン C. argyrophylla(銀杉)
 湖南・廣西・四川・貴州産、絶滅危惧種

  ヒマラヤスギ属 Cedrus (雪松屬)

  ユサン属 Keteleeria (油杉屬) 


  カラマツ属 Larix (落葉松屬)

  Nothotsuga(長苞鐵杉屬) 
1種
    N. longibracteata(Tsuga longibracteata;長苞鐵杉)
福建産 

  トウヒ属 Picea (雲杉屬)

  マツ属 Pinus (松屬)

  イヌカラマツ属 Pseudolarix (金錢松屬)
 1種
    イヌカラマツ P. amabilis(P.kaempferi;金錢松・金松・土荊皮)
 『中国本草図録』Ⅹ/4544

  トガサワラ属 Pseudotsuga (黃杉屬)
 約6種
    P. forrestii(瀾滄黄杉) 『雲南の植物Ⅰ』47
    トガサワラ
(サワラトガ) P. japonica 本州(紀伊半島)・四国(高知東部)産
    P. macrocarpa(大果黃杉)
USA(カリフォルニア海岸山脈)産
    ダグラスモミ(ベイマツ・アメリカトガサワラ・アメリカマツ・オレゴンパイン) P. menziesii
          (P. taxifolia, P.douglasii;花旗松;E.Douglas fir)
      var. glauca
    シナトガサワラ  P. sinensis(黄杉・華帝杉)
          臺灣・兩湖・四川・貴州・雲南産、『雲南の植物Ⅱ』40
      var. brevifolia
江西産
      var. grussenii(P.grussenii;華東黄杉)
安徽・浙江産
      タイワントガサワラ var. wilsoniana(P.wilsoniana;臺灣黃杉)

  ツガ属 Tsuga (鐡杉屬) 
   
 マツ属 Pinus(松 sōng 屬)は、北アメリカ・西インド・マレーシア以北の北半球に、約110種が分布する。

  シロカワゴヨウ P. albicaulis
北アメリカ西部産
  ヤクタネゴヨウ(アマミゴヨウ) P.amamiana(P.armandii var.amamiana)
  イガゴヨウマツ P. aristata
北アメリカ(カリフォルニア東部)産
  タカネゴヨウ P. armandii
    
カザンマツ var. armandii(華山松・五鬚松・白松・靑松・五葉松)
    タカネゴヨウ var. mastersiana
  バンクスマツ P. banksiana(北美短葉松)
カナダ・USA東北部産
  シロマツ
(ハクショウ・サンコノマツ) P. bungeana(白皮松・白果松・三針松・白骨松・
          白松塔・蛇皮松・虎皮松)
 『中国本草図録』Ⅲ/1060
  カナリーマツ P. canariensis
カナリア諸島産
  シモフリマツ P. cembra
アルプス産
  メキシコショクヨウマツ P. cembroides
北米産
  コントルタマツ P. contorta
  P. densata(高山松・西康赤松)
 青海・四川・雲南・チベット産 『雲南の植物Ⅰ』46
  アカマツ
(メマツ) P. densiflora(赤松・遼東赤松・日本赤松・短葉赤松)
    タギョウショウ
(ウツクシマツ) 'Umbraculifera'(千頭赤松)
  ピニョンマツ P. edulis
北米西部産
  P. elliotii(濕地松)
北米(フロリダ)原産
  P. fenzeliana(P.armandi var.fenzeliana, P.parviflora var.fenzeliana;海南五針松)
  シナイマツ P. flexilis 北米(ロッキー山脈)産
  P. insularis(島松)
 フィリピン産
  カシヤマツ P. kesiya(卡西亞松)
    var. langbianensis(思茅松) 雲南・インドシナ産
  チョウセンゴヨウ
(チョウセンマツ・本唐松) P. koraiensis
          (紅松・海松・新羅松・果松・紅果松・朝鮮五葉松)
『中国本草図録』Ⅶ/3036
  ナガミマツ
(サシウマツ) P. lambertiana 北米太平洋岸産
  P. latteri(南亞松・越南松・松香) 兩廣・インドシナ産 『中国本草図録』Ⅱ/0508
  P. longifolia(長葉松)
 インド・ビルマ・ヒマラヤ産
  リュウキュウマツ
(オキナワマツ) P. luchuensis(琉球松)
  タイワンアカマツ P. massoniana(馬尾松・山松・靑松・臺灣赤松・鐡甲松・松柏・松蘿)
          
臺灣・華東・河南・陝西・兩湖・廣東・四川・貴州産
          『中薬志Ⅲ』pp.515-516,579-583、『中国本草図録』Ⅰ0009
    var. hainanensis(雅加松)
  モンタナマツ P. montana
アルプス乃至バルカン産
  P. montezumae
メキシコ産
  モンティコーラマツ P. monticola
北米太平洋岸産
  タイワンゴヨウマツ P. morrisonicola(P.parviflora var.morrisonicola;
          臺灣五針松・臺灣語鬚松・臺灣白松・臺灣松)
臺灣産
  ムゴマツ P. mugo(中歐山松;E.Swiss mountain pine)
  ヨーロッパクロマツ P. nigra(歐洲黑松) 
  ダイオウマツ
(ダイオウショウ) P. palustris(長葉松・北美長葉松・大王松;
          E.Long leaf pine)
  ゴヨウマツ(広義) P. parviflora(日本五針松)
    ヒメコマツ(ゴヨウマツ) var. parviflora(P.pentaphylla var.himekomatsu,
          P.himekomatsu)
    キタゴヨウ var. pentaphylla(P.pentaphylla)
      トドハダゴヨウ f. laevis(P.parviflora var.laevis)
  P. patula(展松)
メキシコ産
  カイガンショウ
(フランスカイガンショウ) P. pinaster(海岸松・法國海岸松)
  カサマツ P. pinea
  ポンデローサマツ P. ponderosa(西黃松)
  P. pseudostrobus(假球松)
    オークサカーナマツ var. oaxacana 
  ハイマツ P. pumila(偃松・矮松・千疊松・爬地松)
  ラジアタマツ(モントレーマツ・ニュージーランドマツ) P. radiata(E.Monterey pine)
          
USA(サンフランシスコ湾乃至モントレー湾)原産
  リキダマツ P. rigida(P.serotina;剛松・硬葉松;E.Pitch pine) 北米(アパラチア山脈)産
  ヒマラヤマツ P. roxburghii(西藏長葉松・喜馬拉雅長葉松)
  シベリアマツ P. sibirica(新疆五葉松・西伯利亞紅松)
  ストローブマツ
(ストローブゴヨウマツ) P. strobus(
          北美喬松・美國五葉松;E.White pine) 
北米東部産
  ヨーロッパアカマツ
(オウシュウアカマツ) Pinus sylvestris(歐洲赤松;E.Scotch pine)
    var. sylvestriformis(長白松・長果赤松)
 『中国本草図録』Ⅲ/1061
    var. mongolica(獐子松・樟子松・海拉爾松)
 『中国本草図録』Ⅵ/2528
  P. tabuliformis(油松・短葉松・紅皮松・短葉馬尾松・東北黑松・黑皮油松・遼東赤松)
          華北・東北・西北産 『中薬志Ⅲ』pp.515-516,579-583、『中国本草図録』Ⅰ/0010
  テーダマツ P. taeda(火炬松・德達松・臺大松;E.Loblolly pine)
  ニイタカアカマツ P. taiwanensis(P.hwangshanensis;臺灣二葉松・臺灣松・黃山松)
          
臺灣・安徽・浙江・福建・江西・兩湖・河南・貴州産
  クロマツ
(オマツ) P. thunbergii(P.thunbergiana;黑松・日本黑松)
  ヒマラヤゴヨウ P. wallichiana(P.griffithii;喬松)
 雲南・チベット・ヒマラヤ・アフガニスタン産
  P. wangii(P.parviflora var.wangii;毛枝五針松)
雲南・ベトナム産
  ウンナンマツ P. yunnanensis(雲南松・飛松)
          廣西・四川・貴州・雲南・チベット産 『雲南の植物Ⅱ』39・『中国本草図録』Ⅰ0011 
   
 日本では、源順『倭名類聚抄』(ca.934)に、松は「和名万豆」、松子は「和名万豆乃美」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』
(1806)30松に、「マツ 色無草(イロナグサ) オキナグサ 初代草 トキハグサ 千枝グサ 千代木 十千代グサ スゞクレグサ タムケグサ メサマシグサ コトヒキグサ ユウカゲグサ ミヤコグサ クモリグサ 延喜草(ヒキマグサ) 百草以上古歌」と。
 日本に自生する二葉松類には、アカマツ・クロマツおよびリュウキュウマツがある。林は日本の代表的植生の一つである。
 アカマツ林は最も分布が広く、青森県北部から南は屋久島に及び、また垂直的には低地から山地帯上部にまで及ぶ。近畿・中国地方はアカマツ分布の中心である。
 クロマツ林は水平分布から見るとアカマツとほぼ同じであるが、生育範囲はおおむね海岸寄りの地帯に限られている。しかし本州北部の海岸にはクロマツは少なくなる。また奄美群島以南にはリュウキュウマツが分布する。
   (沼田・岩瀬『図説 日本の植生』1975)
 いわゆる『魏志』倭人伝には、邪馬台国に生育する代表的な植物を記述するが、その中にマツは無い。
 マツ属(及びモミ属)の樹幹に傷をつけると出てくる浸出液を、まつやに(松脂,ショウシ,songzhi;松油,ショウユ,songyou)・生松脂という。
 
(これを英語では、用途により pitch、resin、turpentine と呼び分ける。)
 まつやにを水蒸気蒸留して採った精油を、テレビン油 turpentine oil(松節油,ショウセツユ,songjieyou)と呼び、油絵の具・ワニス・ペンキ・靴墨などの溶剤として用いるほか、薬用にする(日本薬局方)。
 (
テレビン油を採取する松脂は、主に ダイオウショウ・カイガンショウ P. pinaster・P. sylvestris・P. laricio var. austriaca・ヒマラヤマツ P. longifolia・アカマツ・クロマツの七種であるという。)
 まつやにから精油を取ったのこりの樹脂を ロジン rosin(松香,ショウコウ,songxiang)と呼び、ワニスや印刷インクの製造に用い、変ったところでは 絆創膏の接着剤としたり(日本薬局方)、弦楽器の滑り止めに用いたりする。
 日本の生薬ロジンは、マツ属諸種植物の分泌物から精油を除いて得た樹脂である(第十八改正日本薬局方)。
 中国では、P.tabulaefolia(油松)・P.massoniana(馬尾松)・P.yunnanensis(雲南松)などの、
   樹皮を松木皮(ショウボクヒ,songmupi)と呼び、
   枝の結節を松節(ショウセツ,songjie)と呼び、
   幼い枝やその先端を松筆頭(ショウヒットウ,songbitou)と呼び、
   葉を松葉(ショウヨウ,songye)と呼び、
   幼い根やその白皮を松根(ショウコン,songgen)と呼び、
   花粉を松花粉(ショウカフン,songhuafen)・松黄・松花と呼び、
   まつかさを松球(ショウキュウ,songqiu)と呼び、
それぞれ薬用にする。また、上欄の松油・松節油・松香も薬用にする。『中薬志Ⅲ』p.345 
 チョウセンゴヨウ P.koraiensis(紅松)の種子は、形が大きく 翅が無い。これを漢語で海松子(カイショウシ,haisongzi)・松子・松子仁と称し、食用・薬用にする。
 松柏(ショウハク,sōngbăi,古くはsōnbó)はマツとコノテガシワ、中国では古来長寿と貞節の象徴。
 古くから松柏は「百木の長」
(『史記』128「亀策列伝」)として、ともに常緑で葉を落とさずに茂る植物の象徴である。たとえば『荘子』徳充符篇に、「命を地に受けたるは、惟(ただ)松柏のみ独り正しく、冬夏 青青(せいせい)たり」とある。
 この常緑性により、松柏は早くから次の二つの含意を持ち続けた。
  1.『詩経』「小雅」「鹿鳴之什」の「天保」に、「松柏の茂るが如く、爾
(なんじ)に承(つ)がざる無けん」とあるように、永遠の生命力、つまり衰えずに栄え続けること、ひいては長寿と子孫繁栄などの象徴となった。
  2.『論語』子罕編に「歳寒くして、然る後に松柏の彫
{シボ}むに後るるを知る」とあるように、逆境・困難の時にあってなお緑を絶やさない、すなわち節を守って変わらない、君子の高節の象徴となった。
 『万葉集』18/4169 では、「松柏」はまつかえと読み、「松柏(まつかえ)の」は 栄えにかかる枕詞。
 松柏は、1.の理由から、しばしば宮殿あるいは墓所・寺廟などに植えられる。
『淮南子』説山訓に、「千年の松は、下に茯苓(ぶくりょう)あり、上に兎糸(とし,ネナシカズラ)あり」とあるように、枝に蔓を絡ませ、根元に茸を生やした松の老木の姿は、長寿・繁栄と、士大夫の堂堂とした姿の象徴であった。

    青青たり 山上の松
    数里見えざるも 今 更に逢う
    君を見ざれば 心に相い憶う
    此の心 君に向かうこと 君 応に識るべし
    君が顔色の高く且つ閑
(しづか)
    亭亭として迥
(はるか)に浮雲の間より出づるが為なり
     
(王維「新秦郡の松樹の歌」)
 
 松を植えて楽しむことは六朝時代には記録がある。すなわち『南史』76陶弘景(452-536)伝に、「特に松風を愛し、庭院は皆 松を植え、毎に其の響きを聞き、欣然として楽と為す」と。松の葉ずれの音は大変に好まれ、松籟(ショウライ,sōnglài)という言葉がある。
 日本におけるマツの初見は、『古事記』中巻に日本武尊の歌として、

   をはり
(尾張)に ただ(直)にむ(向)かへる
   をつ
(尾津)のさき(崎)なる ひと(一)つまつ(松) あせ(吾兄)
   ひとつまつ ひと
(人)にありせば たち(太刀)(佩)けましを きぬ(衣)きせましを
   ひとつまつ あせを

とあるもの。尾津崎は、伊勢国桑名郡尾津郷の岬。あせをは、囃し言葉。
 松は、日本でも常緑樹の代表であり、永遠・長寿の象徴。また、「松」を「待つ」とかけて歌う例も多い。
 『万葉集』に、

     あしひきの 八峯(やつを)のうへの
     つがの木の いや継々に 松の根の 絶ゆる事なく・・・ (19/4266,大伴家持)
   一つ松幾代か歴ぬる吹く風の声の清きは年深みかも
(6/1042,市原王)
   茂岡に神さび立ちて栄えたる千代松の樹の歳の知らなく (6/990,紀鹿人)
   はしきよしけふ
(今日)のあろじ(主)はいそまつ(磯松)
     つね
(常)にいまさねいま(今)もみ(見)るごと (20/4498,大伴家持)
   たまきはる壽
(いのち)は知らず松が枝を結ぶ情(こころ)は長くとぞ念ふ (6/1043,大友家持)
   やちぐさ
(八千種)のはな(花)はうつ(移)ろふときは(常磐)なる
     まつ
(松)のさえだ(枝)をわれ(吾)はむす(結)ばむ (20/4501,大伴家持)

   磐しろの浜松の枝を引き結び真幸
(まさき)くあらばまた還り見む (2/141,有間皇子)
   磐代の岸の松が枝結びけむ人はかへりてまた見けむかも
(2/143,長忌寸意吉麿)
   後
(のち)見むと君が結べる磐代の子松がうれをまた見けむかも (2/146,柿本人麻呂)
   白波の浜松が枝の手向草
(たむけぐさ)幾代までにか年の経ぬらむ
      
(1/34;9/1716,川島皇子あるいは山上憶良)
 有間皇子(ありまのみこ)は、孝徳天皇の皇子。謀反の罪に問われ、658年11月11日、紀伊国の藤白坂で19歳で処刑された(『日本書紀』26斉明天皇4年)。2/141 の歌は、護送の途中に紀伊の岩代で詠んだ歌。以下は、後の人々の追和の作。
   松の葉に月はゆつ(移)りぬ黄葉(もみちば)の過ぐれや君があ(逢)はぬ夜の多き
      
(4/623,池辺王)
   まつ
(松)のはな(花)花かずにしもわがせこ(背子)
     おも
(思)へらなくにもとなさきつつ (17/3942,平群女郎)
 
 『八代集』に、

   ときはなる 松のみどりも 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり
     
(源のむねゆき、「寛平御時きさいの宮の歌合によめる」、『古今集』)
   萬世を 松にぞ君を いは
(祝)ひつる ちとせのかげに すまむと思へば
     
(素性法師、『古今和歌集』)
   ちはやぶる かものやしろの ひめこ松 よろづ世ふとも 色はかはらじ
     
(藤原敏行、『古今和歌集』冬の賀茂のまつりのうた)
   たねしあれば いはにもまつは おひにけり 恋をしこひば あはざらめやも
     
(よみ人しらず、『古今和歌集』)
   我みても ひさしくなりぬ すみのえの きしのひめまつ いくよへぬらん
   住吉の 岸のひめまつ 人ならば いく世かへしと とはましものを
   かくしつゝ よをやつくさん たかさごの をのへらたてる まつならなくに
     
(以上、よみ人しらず、『古今和歌集』)
   たれをかも しる人にせん たかさごの まつもむかしの 友ならなくに
     
(藤原興風、『古今和歌集』)

   ひきつれて けふ
(今日)はねの日の まつにまた いまちとせをぞ のべにいでつる
     
(和泉式部、『後拾遺和歌集』)
   ねの日して しめつる野べの ひめこ松 ひかでやちよの 蔭をまたまし
     
(藤原清正、『新古今和歌集』)
   ちとせふる をのへの松は 秋風の こゑこそかはれ 色はかはらず
     
(凡河内躬恒、『新古今和歌集』)
 
 西行(1118-1190)『山家集』に、
   かどごとに たつる小松にかざられて やどてふやどに 春はきにけり
   ね
(子)のび(日)して たてたる松に うゑそへん ちよかさぬべき としのしるしに
   はるごとに のべの小松をひく人は いくらの千代を ふ
(経)べきなるらん
   子日する 人にかすみはさきだちて こまつがはらを たなびきてけり
   わかなつむ けふにはつね
(初子)の あひぬれば まつにや人の こころひくらん
   松風の をとのみならず いしばしる 水にも秋は ありけるものを
   つねよりも 秋になるをの 松風は わきて身にしむ こゝちこそすれ
     
(はじめの秋のころ、鳴尾と申所にて松風の音をきゝて)
   このまも
(洩)る 有明の月を ながむれば さびしさそ(添)ふる みねのまつ風
   雲はるる あらしのおとは 松にあれや 月もみどりの 色にはえつつ
   松かぜの 音あはれなる 山ざとに さびしさそふる ひぐらしのこゑ
   たに
(谷)のまに ひとりぞまつも 立(たて)りける
      われのみとも(友)は なきかとおもへば
   峰おろす まつのあらしの 音に又 ひゞきをそ
(添)ふる 入あひのかね(鐘)
   松かぜは いつもときは
(常盤)に 身にしめど わきてさびしき ゆふぐれのそら
   むかし見し 松はおい木に 成にけり 我としへたる ほどもしられて
   かげ
(影)うす(薄)み 松のたえまを も(洩)りきつゝ 心ぼそしや みかづきのそら
   けふもまた 松のかぜふく をか
(岡)へゆかん
     きのふすゞ
(涼)みし ともにあ(逢)ふやと
   千代ふ
(経)べき ふたばの松の お(生)ひさき(先)を みる人いかに うれしかるらん
     
(むまごまうけてよろこびける人のもとへ、いひつかはしける)
   ひさ
(久)にへ(経)て わが後のよ(世)を とへよまつ(松)
     跡しのぶべき 人もなきみ
(身)ぞ (いほりのまへにまつのたてりけるをみて)
   こゝをまた われす
(住)みう(憂)くて う(浮)かれなば
     まつ
(松)はひとりに ならんとすらん (同)
   わがそのの をか
(岡)べにたてる 一松を とも(友)とみつつも お(老)いにけるかな

 『小倉百人一首』に、
   誰をかも知る人にせむ高砂の松もむかしの友ならなくに
(藤原興風)
 

   この松のみば
(実生)えせし代や神の秋 (芭蕉,1644-1694)
   涼しさや直
(すぐ)に野松の枝の形(なり) (同)
   松風や軒をめぐつて秋暮れぬ 
(同)
   ごを焼
(たい)て手拭あぶる寒さ哉 (同。「ご」は 松の落ち葉)
 
 近代には、
 
(この先は、アカマツクロマツも見よ。)

       春高樓の花の宴
       めぐる盃影さして
       千代の松が枝わけいでし
       昔の光いまいづこ。
          
土井晩翠「荒城の月」(1888)より


   松の葉の松の木の間をちりきたるそのごとほそきかなしみの来る
   松脂のにほひのごとく新しくなげく心に秋はきたりぬ
   雪ふるひとりゆく夜の松の葉に忍びがへしに雪ふりしきる
     
(北原白秋『桐の花』1913)
 



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