わがゆく海 
 

作者名  薄田泣菫 (1877-1945)
作品名  わがゆく海
制作年代  
収載書名  白羊宮
刊行年代  1907
 その他  

わがゆくかたは、月明りさし入るなべに、
さはら木は腕
(かひな)だるげに伏し沈み、
赤目柏
(あかめがしは)はしのび音に葉ぞ泣きそぼち、
石楠花
(しゃくなぎ)は息づく深山(みやま)、――「寂靜(さびしみ)」と、
「沈默
(しじま)」のあぐむ森ならじ。

わがゆくかたは、野胡桃
(のぐるみ)の實は笑(ゑ)みこぼれ、
黄金なす柑子
(こうじ)は枝にたわわなる
新墾
(にひばり)小野(をの)のあらき畑(ばた)、草くだものの
釀酒
(かみざけ)は小甕(こみか)にかをる、――「休息(やすらひ)」と、
「うまし宴會
(うたげ)」の場(には)ならじ。

わがゆくかたは、末枯
(うらがれ)の葦の葉ごしに、
爛眼
(ただらめ)の入日の日ざしひたひたと、
水錆
(みざび)の面(おも)にまたたくに見ぞ醉(ゑ)いしれて、
姥鷺
(うばさぎ)はさしぐむ水沼(みぬま)、――「歎(なげ)かひ」と、
「追懷
(おもひで)」のすむ郷(さと)ならじ。

わがゆくかたは、八百合
(やほあひ)の潮ざゐどよむ
遠つ海や、――あゝ、朝發
(びら)き、水脈曳(みをびき)
神こそ立てれ、荒御魂
(あらみたま)、勇魚(いさな)とる子が
日黑み
(ひぐろ)の廣き肩して、いざ「慈悲」と、
「努力
(ぬりき)」の帆をと呼びたまふ。
 


 詠いこまれた花   サワラ(さはら木)、アカメガシワ(赤目柏)、シャクナゲ(石楠花)、ノグルミ(野胡桃)、ミカン(柑子)、アシ(葦)



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