さかき (榊) 

学名  Cleyera japonica 
日本名  サカキ
科名(日本名)  ツバキ科
  日本語別名  マサカキ、カミサカキ、オヤマサカキ、カミシバ、
漢名  楊桐(ヨウトウ,yangtong)
科名(漢名)  山茶(shancha)科
  漢語別名  
英名  
2005/06/13 跡見学園女子大学新座キャンパス
2004/09/21 2005/11/16
2006/02/22
 サカキ属 Cleyera(楊桐屬)には、東アジアに1種、中央アメリカに16種がある。
   サカキ C. japonica(楊桐) 
 ツバキ科 Theaceae(山茶科)については、ツバキ科を見よ。
 和名サカキは、常緑であることから栄木・栄樹の意、賢木などとも書く。古くから神事に用いたので、榊の字を作ってこれに当てた。すなわち榊は国字であり、中国には無い。
 榊・賢木は、古くは神事に用いられる常緑樹の総称、サカキ・ヒサカキシキミなどを含んだ。
 属名は、オランダの医者・植物学者 A.Cleyer(?-1697/98)を記念して。
 彼は、1682-83年及び1685-1686年長崎出島のオランダ商館館長。在任中、日本の植物の絵画739点を収集し、のち P.F.Siebold
(1796-1866)はこれに学名を与えた。
 日本(本州茨城石川以西・四国・九州)・朝鮮(済州島)・臺灣・中国の亜熱帯・暖温帯に分布。
 よく庭に植える。
 広く神事に用いる。
 古くは『古事記』天の石屋戸の伝説に、「天の香山(あまのかぐやま)の五百津(いほつ)真賢木(まさかき)を根こじにこじて、上枝(ほつえ)に八尺の勾璁(まがたま)の五百津の御須麻流(みすまる)の玉を取り著け、中枝(なかつえ)に八尺鏡(やたかがみ)を取り懸け、下枝(しずえ)に白丹寸手(しらにきて)、青丹寸手(あをにきて)を取り垂(し)でて」祷(ほ)ぎごとを行った。
 この説話には、少し先に「真拆
(まさき)」が出てくるので、或いはサカキとマサキとを区別しえていたものかともいう。 
 『日本書紀』巻1 神代第7段「天石窟(あまのいわや)」にも、よく似た記事が載る。
 『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午9月に、東征の一場面として次の逸話が載る。すなわち、「又祈(うけ)ひて曰(のたま)はく、「吾今当に厳瓫(いつへ)を以て、丹生之川に沈めむ。如(も)し魚(いお)大きなり小しと無く、悉(ふつく)に酔(ゑ)ひて流れむこと、譬(たと)へば柀(まき)の葉の浮き流るるが猶(ごと)くあらば、吾必ず能く此の国を定めてむ。如し其れ爾(しか)らずは、終(はた)して成る所無けむ」とのたまひて、乃ち瓫(いつへ)を川に沈む。其の口、下に向けり。頃(しばらく)ありて、魚皆浮き出でて、水の随(まにま)に噞喁(あぎと)ふ。時に椎根津彦(しひねつひこ)、見て奏す。天皇(すめらみこと)大きに喜びたまひて、乃ち丹生の川上の五百箇(いほつ)真坂樹(まさかき)を抜取(ねこじ)にして、諸神(もろかみたち)を祭(いは)ひたまふ」と。
 『同』巻7景行天皇12年九月戊辰の条に、天皇が熊襲
(くまそ)征伐に幸する途中、周芳(すはのくに)の娑麼(さば、今の山口県防府市佐波)に到ったとき、土着の神夏磯媛(かむなつそひめ)は、「天皇の使者(つかひ)の至(まうく)ることを聆(き)きて、則ち磯津山(しつのやま)賢木(さかき)を抜(こじと)りて、上枝(かみつえ)には八握剣(やつかのつるぎ)を挂(とりか)け、中枝(なかつえ)には八咫鏡(やたのかがみ)を挂け、下枝(しづえ)には八尺瓊(やさかのに)を挂け、亦(また)素幡(しらはた)を船の舳(へ)に樹(た)てて、参向(まうでき)て啓(まう)して曰(まう)さく、「願はくは兵(いくさ)をな下(つかは)しそ。我(やつこ)が属類(ともがら)、必(ふつく)に違(そむ)きたてまつる者有らじ。今将に帰徳(したが)ひなむ。云々。」とまうす」と。これは、「女酋が天皇を迎える話。賢木に神宝をかけて神に祈ることは神代紀第七段に見えるが、ここではそれが司祭者的な地方首長が、その祭祀権を天皇に献上するための服属儀礼になっている」(岩波文庫版『日本書紀』注)
 『同』巻8仲哀天皇8年正月壬午の条に、筑紫の岡県
(をかのあがた、今の福岡県遠賀郡芦屋町付近)主の祖(おや)熊鰐(わに)は、「天皇の車駕(みゆき)を聞(うけたまは)りて、予め五百枝(いほえ)賢木を抜(こ)じ取りて、九尋(ここのひろ)の船の舳に立てて、上枝には白銅鏡(ますみのかがみ)を掛(とりか)け、中枝には十握剣(とつかのつるぎ)を掛け、下枝には八尺瓊を掛けて、周芳の娑麼の浦に参迎(まうむか)ふ。云々。 又、筑紫の伊覩県(いとのあがた、今の福岡県糸島郡)主の祖五十迹手(いとて)、天皇の行(いでま)すを聞りて、五百枝の賢木を抜じ取りて、船の舳艪(ともへ)に立てて、上枝には八尺瓊掛け、中枝には白銅鏡を掛け、下枝には十握剣を掛けて、穴門(あなと)の引嶋(ひこしま、今の下関市彦島か)に参迎へて献る」と。
 『万葉集』に、

   ひさかたの 天の原より 生
(あ)れ来たる 神の命(みこと)
   奥山の 賢木
(さかき)の枝に 白香つけ 木綿とりつけて・・・
     反歌
   木綿畳手に取り持ちてかくだにも吾は乞ひなむ君にあはじかも
      
(3/379;380, 大伴坂上郎女「祭神歌」)
 
 『古今集』巻20神あそびのうたに、

   神がきの みむろの山の さかきばは 神のみまへに 茂りあひにけり
   霜やたび をけどかれせぬ 榊ばの 立さかゆべき 神のきねかも

 清少納言『枕草子』第40段「花の木ならぬは」に、「さか木、りんじ(臨時)のまつり
(祭)〔11月の賀茂の臨時の祭;3月の石清水の臨時の祭〕のみかぐら(御神楽)のをりなど、いとをかし。世に木どもこそあれ、神のおまへ(御前)のものと生ひはじめけむも、とりわきてをかし」と。

 西行(1118-1190)『山家集』に、

   さかきばに 心をかけん ゆふ
(木綿)しでて おもへば神も ほとけ成けり

 『新古今集』に、

   雪ふれば峯のまさかきうづもれて月にみがけるあまのかぐ山
(藤原俊成)
 
 『花壇地錦抄』(1695)巻三「冬木之分」に、「榊(さかき) 葉、大坂もちニ似て異あり」と。

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