一
そのかみ、山の一(いち)の日に、草木はなべて、
ああ金星草(ひとつば)、
色ゆるされの事榮(ことばえ)に笑みさかゆるを、
ああひとつば、
ひとり空手(むなで)に山姫の宣(のり)をこそ待て、
ああひとつば。
二
春は馬醉木(あせび)に、蝦夷菫(えぞすみれ)かざしぬ、花を。
ああひとつば、
裝ひ似ざるうれたさに、宮にまゐりて、
ああひとつば、
願へど、姫は事なしび、素知らぬけはひ、
ああひとつば。
三
夏は山百合、難波(なには)薔薇香(か)にほのめきぬ、
ああひとつば、
匂ひ香(か)なきにうらびれて、一日(ひとひ)は洞(うろ)に、
ああひとつば、
歎けど、姫は空耳(そらみゝ)に片笑みてのみ、
ああひとつば。
四
秋は茴香(うゐきやう)、えび蔓(かづら)實(み)ぞ色づきつ、
ああひとつば、
素腹(すばら)の性(さが)を恨みわび、夜(よ)を泣き濡れて、
ああひとつば、
萎(な)ゆれど、姫は目も空に往き過ぎましぬ、
ああひとつば。
五
やがて葉は散り、實は朽ちぬ。冬木の山に、
ああひとつば、
獨りし居れば、姫は來て「思ひかあたる、
ああひとつば、
世は吾とわが知るにこそ、在りがひはあれ。」
ああひとつば。
六
姫は微笑み、「今日もはた、香(か)をか羨む、
ああひとつば、
色をか、いかに、齎(いは)ひ子の斯くや、御賜(みたま)。」と
ああひとつば、
その日よりこそ、黄金斑(こがねふ)の紋葉(いさは)とはなれ、
ああひとつば。
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