金星草
(ひとつば)の歌  

作者名  薄田泣菫 (1877-1945)
作品名  金星草の歌
制作年代  
収載書名  白羊宮
刊行年代  1907
 その他  

     一

そのかみ、山の一
(いち)の日に、草木はなべて、
     ああ金星草
(ひとつば)
色ゆるされの事榮
(ことばえ)に笑みさかゆるを、
     ああひとつば、
ひとり空手
(むなで)に山姫の宣(のり)をこそ待て、
     ああひとつば。

     二

春は馬醉木
(あせび)に、蝦夷菫(えぞすみれ)かざしぬ、花を。
     ああひとつば、
裝ひ似ざるうれたさに、宮にまゐりて、
     ああひとつば、
願へど、姫は事なしび、素知らぬけはひ、
     ああひとつば。

     三

夏は山百合、難波
(なには)薔薇香(か)にほのめきぬ、
     ああひとつば、
匂ひ香
(か)なきにうらびれて、一日(ひとひ)は洞(うろ)に、
     ああひとつば、
歎けど、姫は空耳
(そらみゝ)に片笑みてのみ、
     ああひとつば。

     四

秋は茴香
(うゐきやう)、えび蔓(かづら)(み)ぞ色づきつ、
     ああひとつば、
素腹
(すばら)の性(さが)を恨みわび、夜(よ)を泣き濡れて、
     ああひとつば、
(な)ゆれど、姫は目も空に往き過ぎましぬ、
     ああひとつば。

     五

やがて葉は散り、實は朽ちぬ。冬木の山に、
     ああひとつば、
獨りし居れば、姫は來て「思ひかあたる、
     ああひとつば、
世は吾とわが知るにこそ、在りがひはあれ。」
     ああひとつば。

     六
姫は微笑み、「今日もはた、香
(か)をか羨む、
     ああひとつば、
色をか、いかに、齎
(いは)ひ子の斯くや、御賜(みたま)。」と
     ああひとつば、
その日よりこそ、黄金斑
(こがねふ)の紋葉(いさは)とはなれ、
     ああひとつば。
 


 詠いこまれた花   ヒトツバアセビエイザンスミレ(蝦夷菫)、ヤマユリナニワバラ(難波薔薇)、ウイキョウエビヅル(えび蔓)



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