辨 |
次のような品種がある。
ニンニク 'Nipponicum' (var. japonicum)
オオニンニク 'Pekinense'
セイヨウニンニク 'Sativum' |
ネギ属 Allium(葱 cōng 屬)については、ネギ属を見よ。 |
訓 |
和名ニンニクは、忍辱の音の転訛。 |
漢名の蒜(サン,suàn)は、本来は、もともと漢土に産するニンニクの近縁種を指した。これを一説にヒメニンニク Allium scorodoprasum
であったとし、一説にアサツキとする。
後に西方からニンニク A. sativum が入ると、これを大蒜(タイサン,dàsuàn)・葫蒜(コサン,húsuàn)と呼び、在来種を小蒜(ショウサン,xiăosuàn)・卵蒜(ランサン,luănsuàn。「夏小正」12月に出づ)と呼んで区別した。 |
日本で古くヒルというものは、ノビル・ニンニク・ネギなどの総称。
その諸々の語源説については、『日本国語大辞典 第二版』を参照。 |
『本草和名』に、
葫は「和名於保比留」、
蒜は「和名古比留」と。
『倭名類聚抄』に、
蒜は「和名比流」、
大蒜は「和名於保比流」、
小蒜は「和名古比流、一云米比流」、
独子蒜は「和名比止豆比流」、
沢蒜は「和名禰比流」、
島蒜は「和名阿佐豆木」と。
『大和本草』に、「大蒜ハ俗ニロクロウト云」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』22 葫に、「オホビル和名鈔 ニンニク オホニンニク ヒル東国 ロクドウ大和本草 トチ勢州」と。 |
説 |
中央アジア(天山山脈辺り、あるいは西アジアか)原産。中央アジア産 A.longicuspis が祖先種というが、ニンニクと別種とするほどの違いは無い、ともいう(『週刊朝日百科 植物の世界』10-71)。
最も古くから利用されてきた蔬菜の一、すでに古代エジプト(B.C.2780-B.C.2100, ピラミッドの碑文に見えるという)、ギリシア・ローマで用いられた。食用・薬用のほか、肉・魚の香辛料とする。
中国には、前漢時代に張騫が大宛からもたらしたと言われる。賈思勰『斉民要術』に「種蒜」が載る。
日本には、10世紀以前に渡来した。 |
誌 |
日本・中国では、臭いの強い蔬菜として 辟邪の薬草とされたが、他方その臭いの故に忌み嫌われもした。 |
中国では、鱗茎を薬用にする。『全國中草藥匯編 上』pp.66-67 |
日本では、『源氏物語』帚木に「月頃、風病{フビヤウ}重きにたへかねて、極熱{ゴクネチ}の草藥{サウヤク}を服{ブク}して、いと、くさきによりなむ、え對面{タイメム}給はらぬ」(『日本古典文學大系』)と。
宮崎安貞『農業全書』(1697)に、「源氏物語箒木の巻にごくねちのさうやくをふくすとあるも蒜の事也」と。『大和本草』(1708)蒜に、「今案源氏物語極熱ノ草藥ヲ服ストイヘルハ此故也、其莖葉ヲ久ク煮熟シ毒氣ト惡臭トヲ去リテ食フ」と。『日本古典文學大系』の註に、「小ひる(にら)・大ひる(にんにく)などを乾燥させたものを、草薬という」と。
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ニンニクを料理に用いて食うことは『料理物語』(1643)に初見。 |
仏教では、『梵網経』下などに 僧侶が食うべからざる五つの臭みのある蔬菜を 五辛・五葷として挙げる。すなわち大蒜(オオニンニク)・茖葱(ニラ)・慈葱(ネギ)・蘭葱(ニンニクの一種)・薤(ラッキョウ)・興渠(アギ,阿魏,セリ科の Ferula fukanensis)など。 |
西方では、古代エジプト・ギリシア・ローマで、食用・薬用(強精剤)にした。 |
『旧約聖書』「民数記」11によると、モーゼに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの人々は、シナイの荒野にあって次のように不満を言った、「誰か肉を食べさせてくれないものか。エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。今では、わたしたちの唾は干上がり、どこを見回してもマナばかりで、何もない」と。
Who shall give us flesh to eat?
We remember the fish, which we did eat en Egypt freely; the cucumbers,
and the melons, and the leeks, and the onions, and the garlic:
But now our soul is dried away: there is nothing at all, besides this
manna, before our eyes.
(NUMBERS 11,King James Version) |
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