しだれやなぎ (枝垂柳) 

学名  Salix babylonica
日本名  シダレヤナギ
科名(日本名)  ヤナギ科
  日本語別名  ヤナギ、イトヤナギ、ハルススキ、ネミヅグサ、ナゼミグサ、カハゾヒクサ、カハカタグサ・カハタグサ
漢名  垂柳(スイリュウ,chuiliu)
科名(漢名)  楊柳(ヨウリュウ,yangliu)科
  漢語別名  條柳、清明柳、吊柳、垂絲柳、綠卿、漏春和尚
英名  Weeping willow, Babylonia willow
2006/02/18 野川公園自然観察園
2006/03/27 秋が瀬公園


2005/04/07  秋ケ瀬公園
2005/09/03 野川公園
 ヤナギ属 Salix(柳屬)の植物については、ヤナギ属を見よ。
 和名・漢名は、枝がしだれる形から。
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)柳華に、「和名之多利也奈岐」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)に、楊は「和名夜奈木」と、柳は「和名之太里夜奈木」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』
(1806)31に、柳は「ハルスゝキ古歌 ネミヅグサ カゼナグサ カゼミグサ カハゾヒグサ カハタカグサ カハタグサ共同上 シダリヤナギ和名鈔 シダレヤナギ」と。
 学名の属名は、ケルト語「水辺」に由来、種小名は「バビロンの」の意。
 『旧約聖書』の詩篇137に、バビロンの捕囚となった古代イスラエルの人々が、バビロンの流れのほとりに生えた柳の木に竪琴を掛け、故郷のシオンを思い出して涙を流した、とあるものにちなむ。
 〔ただし、実際にバビロンの流れの畔に生えていたのは、ポプラの仲間(ヤナギ科ヤマナラシ属)のコトカケヤナギ Populus euphratica であったという。〕
 英名「涙の柳」も、『旧約聖書』の故事から。
 中国原産、長江流域に多く自生する。日中ともに、よく川辺や街路に植える。
 日本には奈良朝ころに渡来したという。こんにち日本にあるものは、ほとんどが雄株。
 ヨーロッパには、17世紀末に入る。
 中国では、歴史的には柳といえば本種を指すことが多い。
 
(ただし、今日の華北では、一般に柳といえばペキンヤナギ(漢名は旱柳)Salix matsudana を指す。)
 賈思勰『斉民要術』(530-550)巻5に「種槐・柳・楸・梓・梧・柞」が載る。
 古来、シダレヤナギの芽吹きとそれに継ぐ柳絮(リュウジョ,liuxu。熟すると生えた白毛によって飛散する果を謂う)は、代表的な春の風物詩である。例えば桃と対になって「桃は紅にして復た宿雨を含む。柳は緑にして更に春煙を帯ぶ」(王維「田園楽」)のように詠われる。白居易は「楊柳枝」の一に、「依依(たおやか)たり 嫋嫋(なよなよ)たり 復た青青たり、清風を勾引して無限の情有り。白雪の花は繁くして空しく地を撲ち、緑枝の条は弱{タオ}やかにして鶯にも勝えず」と。
 シダレヤナギの枝を折って環に結び、旅立つ人に送ることを、折楊柳という。
 柳 liu と留 liu は諧音、また環 huan と還 huan は諧音、したがって旅立つ人に必ず帰ってこられるようにと、柳の小枝で作った環を贈ったものという。
 一説によると、ヤナギは、春の芽吹きから生命力が強く、辟邪の呪力を持つと考えられた。折楊柳は、このような柳の霊能による魂振の儀式であり、環に結ぶのは魂結びのまじないであったとする。
 漢代の書『三輔黄図』巻6に、「漢人、客を送りて此の橋(覇橋・灞橋)に至り、柳を折りて別れに贈る」と。
 張喬「維陽の故人に寄す」に、「離別河辺に柳条を結ぶ。千山万水玉人遥かなり」と。
 王維の「元二の安西に使するを送る」詩には、「渭城の朝雨 軽塵を裛
{ウルオ}し、客舎青青 柳色新たなり。君に勧む 更に尽くせ 一杯の酒、西のかた陽関を出づれば故人無からん」と。この詩は渭城曲・陽関曲と呼ばれて、既に作者と同時代から送別の曲として広く歌われていた。
 日本でもシダレヤナギの芽吹きは、春の風物。
 『万葉集』には、36首に歌われる。

   打ち靡く春立ちぬらし吾が門の柳のうれ
(末)に鶯鳴きつ (10/1819,読人知らず)
   霜かれの冬の柳は見る人の(かづら)にすべくも(萌)えにけるかも (10/1846,読人知らず)
   春霞流るるなへに青柳の枝喙
(く)ひ持ちて鶯鳴くも (10/1821,読人知らず)
   浅緑染め懸けたりと見るまでに春の楊
(やなぎ)はもえにけるかも (10/1847,読人知らず)
   青柳の糸の細
(くは)しさ春風に乱れぬい間に視せむ子もがも (10/1851,読人知らず)
   百礒城
(ももしき)の大宮人の蘰ける垂柳は見れど飽かぬかも (10/1852,読人知らず)
   大夫
(ますらを)が伏し居嘆きて造りたるしだり柳の蘰せ吾妹 (10/1924,読人知らず)
   吾が背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見むよしもがも
   打ち上る佐保の河原の青柳は今は春べとなりにけるかも
      
(8/1432;1433,大伴坂上郎女「柳歌二首」)


などとある。また、桃とともに美人の形容であることも中国と同様で、『万葉集』巻19に載る大伴家持の歌に、

   桃の花 紅
(くれなゐ)色に にほひたる 面輪のうちに
   青柳の 細き眉根を 咲みまがり 朝影見つつ ・・・

と「をとめら」を歌う。
 『万葉集』には、ほかにもヤナギを詠って、

   おやま田のいけ
(池)のつづみ(堤)にさ(刺)すやなぎ
     な
(成)りもな(成)らずもな(汝)とふたりはも
      
(14/3492,読人知らず。ヤナギの挿木をして、つくかつかないかで占いをした)
   あをやぎ
(青柳)の えだ(枝)きりおろし ゆ種蒔く
     忌忌
(ゆゆ)しききみ(君)に こ(恋)ひわたるかも
      
(12/3603,読人知らず。柳の枝を苗代田の水口に挿して神を祝った)
   青柳のほつ枝よ
(攀)じとりかづら(蘰)くは君が屋戸にし千年ほ(寿)くとそ
      
(19/4289,大伴家持)
 
 『八代集』などには、

  あさ緑 いとよりかけて 白つゆを 玉にもぬける 春の柳か
     
(僧正遍昭、「西大寺の辺の柳をよめる」、『古今和歌集』)
  あをやぎの いとよりかくる 春しもぞ みだれて花の ほころびにける
     
(紀貫之、『古今和歌集』)
  あをやぎを かたいとによりて うぐいすの ぬふてふかさは むめの花がさ
     
(『古今和歌集』神あそびのうた)
  青柳の 枝にかゝれる 春雨は 糸もてぬける 玉かとぞみる
     
(913、伊勢、『亭子院歌合』)
  浅みどり 染めて乱れる 青柳の 糸をば春の 風やよるらん
     (913、坂上是則、『亭子院歌合』)
  いもが家の はひいりにたてる 青柳に 今やなくらむ 鶯の声
     
(凡河内躬恒、『後撰和歌集』)
  春の日の かげそふ池の かがみには 柳のまゆぞ まづは見えける
     
(よみ人しらず、『後撰和歌集』)
  春雨の ふりそめしより 青柳の いとの緑ぞ 色まさりける
     
(凡河内躬恒、『新古今和歌集』)
  春風の 霞吹きとく たえまより みだれてなびく 青柳のいと
     
(殷富門院大輔、『新古今和歌集』)
  道の辺に 清水流るる柳蔭 しばしとてこそ 立ちどまりつれ
     
(西行法師、『新古今和歌集』)

 平安時代には、旧暦三月三日にモモ・ヤナギ・サクラを身につけて遊んだ。清少納言『枕草子』第9段に「三月三日、頭の辨の柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどしてありかせ給ひしをり」云々とある。

 ほかに平安時代の文藝には、
   清少納言『枕草子』第4段「三月三日は」

 西行
(1118-1190)『山家集』に、

  やなぎはら かはかぜ
(川風)ふかぬ かげならば
     あつ
(暑)くやせみ(蝉)の こゑ(声)にならまし
  吹みだる 風になびくと みる程に 春をむすべる 青柳の糸
     
(さくらにならびてたてりける柳に、花のちりかかりけるを見て)
  こゑ
(声)せずば いろ(色)(濃)くなると おもはまし
      柳のめ
(芽)(食)む ひわの村どり(鳥)
 

   かぞへ来ぬ屋敷屋敷の梅柳 
(芭蕉,1644-1694)
   春雨や蓑吹かへす川柳 
(同)
   はれ物に柳のさはるしなへかな 
(同)
   庭掃て出ばや寺に散る柳 (同)
 
   梅ちりてしばらく寒き柳かな 
(蕪村,1716-1783)
   やなぎから日のくれかかる野道哉 
(同)
   捨やらで柳さしけり雨のひま
   柳ちり清水かれ石ところどころ 
(同)
 


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