一
小諸(こもろ)なる古城(こじやう)のほとり
雲白く遊子(いうし)悲しむ
綠なす蘩蔞(はこべ)は萌(も)えず
若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡邊(をかべ)
日に溶(と)けて淡雪(あはゆき)流る
あたゝかき光はあれど
野に滿つる香(かをり)も知らず
淺くのみ春は霞みて
麥の色わづかに靑し
旅人(たびびと)の群(むれ)はいくつか
畠中(はたなか)の道を急ぎぬ
暮れ行けば淺間(あさま)も見えず
歌哀(かな)し佐久(さく)の草笛(くさぶえ)
千曲川(ちくまがわ)いざよふ波の
岸近き宿(やど)にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飮みて
草枕(くさまくら)しばし慰む
二
昨日(きのふ)またかくてありけり
今日(けふ)もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪(あくせく)
明日(あす)をのみ思ひわづらふ
いくたびか榮枯(えいこ)の夢の
消え殘る谷に下りて
河波(かはなみ)のいざよふ見れば
砂まじり水卷きかへる
嗚呼(ああ)古城(こじやう)なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
過(いに)し世を靜かに思へ
百年(ももとせ)もきのふのごとし
千曲川柳霞みて
春淺く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて
この岸に愁(うれひ)を繋(つな)ぐ
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