『ハムレット』 オフィリアの死

シェイクスピア『ハムレット』第四幕第七場 王妃「小川のふちに柳の木が」




Queen  There is a willow grows askant the brook
    That shows his hoary leaves in the glassy stream.
    Therewith fantastic garlands did she make
    Of crow-flowers, nettles, daisies, and long purples,
    That liberal shepherds give a grosser name,
    But our cold maids do dead men's fingers call them.
    There on the pendant boughs her crownet weeds
    Clamb'ring to hang, an envious silver broke,
    When down her weedy trophies and herself
    Fell in the weeping brook. Her clothes spread wide,
    And mermaid-like awhile they bore her up,
    Which time she chanted snatches of old lauds,
    As one incapable of her own distress,
    Or like a creature native and indued
    Unto that element. But long it could not be
    Till that her garments, heavy with their drink,
    Pull'd the poor wretch from her melodious lay
    To muddy death.
Laertes  Alas, then she is drown'd.
Queen  Drown'd, drown'd.
 



 (坪内逍遥訳。『新修シェークスピヤ全集』1933,中央公論社)
  斜めに生ふる青柳が、白い葉裏をば河水の鏡に映す岸近(ちか)う、雛菊、いらぐさ、毛茛(きんぽうげ)・・・褻(みだら)なる農夫(しづのを)は汚はしい名で呼べど、清浄(しやうじやう)な処女(むすめ)らは死人の指と呼んでをる・・・芝蘭(しらん)の花で製(こしら)へた花鬘(はなかづら)をば手に持って、狂ひあこがれつゝ来やったげなが、それを掛けうとて柳の枝に、攀(よ)づれば枝の情無(つれな)うも、折れて其(その)身は花もろともに、ひろがる裳裾にさゝへられ、暫時(しばし)はたゞよふ水の面(おも)。最後(いまは)の苦痛をも知らぬげに、人魚とやらか、水鳥(みづどり)か、歌ふ小唄の幾(いく)くさり、そのうちに水が浸み、衣も重(おも)り、身も重って、歌声もろとも沈みゃったといの。
レーヤーチーズ  あら、悲しや、妹は溺れ死んだか?
  おいなう、おいなう!



 (市河三喜・松浦嘉一訳。岩波文庫1949)
  柳の木が一本川の上へ横にのび出て、その裏白
(うらじろ)を水鏡にうつしているところへ、あの子が来ました。きんぽうげ、いらくさ、ひなぎく、そして、はしたない羊飼(ひつじかい)どもが、下卑(げび)た名で呼びますが、清い乙女らは「死人の指」と呼んでいる紫の花などから作った花環を手に持って来ました。そして、その花かずらを垂れさがった枝にかけようと、柳の木によじのぼれば、枝はつれなくも折れて、花環もろともどーっと落ち、もすそは大きくひろがりました。それで暫くは人魚のように水の上に浮いてその間、時分の溺れるのも知らぬげに、水に住み水の性と合っているもののように、しきりに端唄(はうた)を口ずさんでいましたとやら。でも、そのうちに、着物は水を飲んで重くなり、可哀そうに、美しいしらべの歌の声が止んだと思うと、あの子も川底に沈んでしまい、無残な死を遂げました。
レアティーズ  おゝ、そのまま溺れて死にましたか?
  溺れて死にました。死にました。


 (福田恒存訳。『シェイクスピア全集』1954,新潮社)
  小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひつそり立つている。オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、それに、口さがない羊飼ひたちがいやらしい名で呼んでゐる紫蘭を、無垢な娘たちのあひだでは死人の指と呼びならはしてゐるあの紫蘭もそへて。さうして、オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よぢのぼつた折も折、意地わるく枝はぽきりと折れ、花環もろとも流れのうへに。すそがひろがり、まるで人魚のやうに川面をただよひながら、祈りの歌を口ずさんでゐたといふ、死の迫るのも知らぬげに、水に生ひ水になづんだ生物さながら。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸ひ、美しい歌声をもぎとるやうに、あの憐れな牲へを、川底の泥のなかにひきずりこんでしまつて。それきり、あとは何も。
レイアーティーズ  ああ。では、そのまま溺れて?
  溺れて、ええ、溺れて。


 詠いこまれた花   a willow ヤナギの仲間
   
(花言葉は「捨てられた恋人」)
 crow-flowers キンポウゲの仲間
 nettles イラクサの仲間あるいはイラクサに似た草
(オドリコソウの仲間・ワルナスビなど) 
 daisies ヒナギク
 long purples(dead men's fingers) 不明


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