『万葉集』中、サクラをよむ歌 
 

サクラ   


長歌

 をとめらの 挿頭(かざし)のために 遊士(みやびを)の 蘰(かづら)のためと
 敷き座せる 国のはたてに 開きにける 桜の花の にほひはもあなに
   反歌
 去年の春 あへりし君に 恋ひにてし 桜の花は 迎へけらしも
     
(8/1429;1430, 若宮年魚麿「桜花歌」)

 ・・・ いにしへゆ いひつぎく
(来)らし よのなかは かずなきものそ 
 なぐさむる こともあらむと さとびとの あれ
(吾)につ(告)ぐらく
 やまび
(山傍)には さくらばなちり かほとり(貌鳥)の ま(間)なくしばな(数鳴)
 春の野に すみれをつむと しろたへの そでをりかへし くれなゐの あかもすそひき 
 をとめらは おもひみだれて きみまつと うらご
(恋)ひすなり
 こころぐし いざみにゆかな こと
(事)はたなゆひ (17/3973,大伴池主)

 ・・・ 八百万 千年を兼ねて 定めけむ 平城の京師は
 炎
(かぎろひ)の 春にし成れば 春日山 三笠の野辺に
 桜花 木の晩
(くれ)こもり 貌鳥(かほどり)は 間(ま)無く数鳴(しばな)く ・・・ 
     
(6/1047,田辺福麿。寧楽の故郷を悲しみて為る歌)

 天降(あも)りつく 天の芳来山(かぐやま) 霞立ち 春に至れば
 松風に 池浪立ちて 桜花 木の晩茂(くれしげ)に ・・・
     
(3/257,鴨君足人; 3/260に別バージョン)

 ・・・冬ごもり 春さり行かば 飛ぶ鳥の 早く来まさね
 龍田道
(たつたぢ)の 岳邊(をかべ)の路に 丹(に)つつじの 薫(にほ)はむ時の
 桜花 開きなむ時に 山たづの 迎え参
(まい)出む きみが来まさば (6/971,高橋虫麿)

 物念
(おも)はず 道行く去(ゆ)くも 青山を 振り放(さ)け見れば
 つつじ花 香
(にほえ)未通女(をとめ) 櫻花 盛(さかえ)未通女
 汝をそも 吾に依すと云ふ 吾をそも 汝に依すと云ふ ・・・
     
(13/3305,読人知らず。また 13/3309,柿本人麻呂)

 白雲の 龍田の山の 瀧の上の 小■
(をぐら)の嶺に 開(さ)きををる 桜の花は
 山高み 風し息
(や)まねば 春雨の 継ぎてし零(ふ)れば 最末枝(ほつえ)は 落(ち)り過ぎにけり
 下枝に 遺れる花は 須臾
(しましく)は 落りな乱れそ
 草枕 客
(たび)(ゆ)く君が 還り来るまで
   反歌
 吾が去きは 七日は過ぎじ 龍田彦 ゆめ此の花を 風にな落らし
     
(9/1747;1748, 高橋虫麿)
 

 白雲の 立田の山を 夕晩
(ゆふぐれ)に 打ち越え去けば
 瀧の上の 桜の花は 開
きたるは 落り過ぎにけり 含(ふふ)めるは 開き継ぎぬべし
 こちごちの 花の盛りに 在らねども 君がみゆきは 今にし有るべし
   反歌
 暇有らば なづさひ渡り 向つ峯
(を)の 桜の花も 折らましものを
     
(9/1749;1750, 高橋虫麿)

 島山を い往き廻れる 河副ひの 丘邊の道ゆ ・・・
 峯の上の 桜の花は 瀧の瀬ゆ 落ちて流る
 君が見む その日までには 山下
(やまおろし)の 風な吹きそと
 打ち越えて 名に負へる社
(もり)に 風祭せな
   反歌
 い行きあいの 坂のふもとに 開きををる 桜の花を 見せむ児もがな
     
(9/1751;1752, 高橋虫麿)
 


短歌

 烏梅のはな さきてちりなば さくらばな つぎてさくべく なりにてあらずや
     
(5/829,張氏福子)
 鶯の 木伝ふ梅の 移ろへば 桜の花の 時片設
(かたま)けぬ (10/1854,読人知らず)
 春雨に 争ひかねて 吾が屋前(には,やど)の 桜の花は 開き始(そ)めにけり (10/1869,読人知らず)
 春雨の しくしく零るに 高円の 山の桜は 何如にか有るらむ
(8/1440,河辺東人)
 見渡せば 春日の野辺に 霞立ち 開き艶
(にほ)へるは 桜花かも (10/1872,読人知らず)
 今日の為と 思ひて標
(し)めし 足引の 峯の上の桜 かく開きにけり
     
(19/4151,大伴家持。守大伴宿禰家持の館に宴する歌)
 桜花 いまさかりなり 難波の海 おしてる宮に きこ
(聞)しめすなへ (20/4361,大伴家持)
 足ひきの 山桜花 日並べて かく開きたらば いと恋ひめやも
(8/1425,山部赤人)
 足代(あて)過ぎて 糸鹿(いとか)の山の 桜花 散らず在らなむ 還り来るまで (7/1212,読人知らず)
 たつたやま
(龍田山) 見つつこ(越)えこし さくらばな
      ち
(散)りかす(過)ぎなむ わがかへ(帰)るとに (20/4395,読人知らず)
 春雨は 甚
(いた)くな零(ふ)りそ 桜花 いまだ見なくに 散らまく惜しも (10/1870,読人知らず)
 足ひきの 山の間照らす 桜花 是の春雨に 散り去
(ゆ)かむかも (10/1864,読人知らず)
 やどにある 桜の花は 今もかも 松風疾
(はや)み 地(つち)にちるらむ
 世間
(よのなか)も 常にしあらねば 室戸(やど)にある 桜の花の ちれるころかも
      (8/1458;1459,厚見王と久米郎女の贈答歌)
 春雉
(きぎし)鳴く 高円の邊の 桜花 散りて流らふ 見む人もがも (10/1866,読人知らず)
 阿保山の さくら
(佐宿木)の花は 今日もかも 散り乱るらむ 見る人無しに (10/1867,読人知らず)

 此の花の 一枝
(ひとよ)の内に 百種(ももくさ)の 言そ隠(こも)れる おぼろかにすな
 此の花の 一枝の内は 百種の 言持ちかねて 折らえけらずや
     
(8/1456;1457,藤原広嗣と娘子の贈答歌)

 やまがひ(山峡)に さけるさくらを ただひとめ きみにみせてば なにをかおもはむ
 あしひきの やまさくらばな ひとめだに きみとしみてば あれ
(吾)こひめやも
     
(17/3967;3970, 大伴池主と大伴家持の贈答歌)
 桜花 今そ盛りと 人は云へど 我はさぶしも きみ
(君)としあらねば
 わがせこ
(背子)が ふるきかきつ(垣内)の さくらばな いまだふふ(含)めり ひとめみにこね
     
(18/4074;4077, 大伴池主と大伴家持の贈答歌。
      
家持は「兼ねて遷任せる旧宅の西北隅の桜樹を詠い云う」)

 たゆらきの 山の峰の上の 桜花 開かむ春べは 君し思
(しの)はむ (9/1776,播磨娘子)
 桜花 時は過ぎねど 見る人の 恋の盛りと 今し落るらむ
 (10/1855,読人知らず)

 春去らば 挿頭
(かざし)に為むと 我が念ひし 桜の花は 散りにけるかも
 妹が名に 繋
(か)けたる桜 花開かば 常にや恋ひむ いや年のはに
     
(16/3786;3787, 両の壮士の、自殺した少女を悼んで)

 桜花 開きかも散ると 見るまでに 誰かも此こに 見えて散り行く
(12/3129,読人知らず)
 


旋頭歌

春日なる 三笠の山に 月も出ぬかも 佐紀山に 開ける桜の 花の見ゆべく (10/1887,読人知らず)
 



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