爾(ここ)に山部連(やまべのむらじ)小楯(をたて)を針間国(はりまのくに)の宰(みこともち)に任(ま)けし時、其の国の人民(たみ)、名は志自牟(しじむ)の新室(にひむろ)に到りて楽(うたげ)しき。是に盛りに楽(うた)げて、酒酣(たけなは)にして次第(つぎてつぎて)に皆儛(ま)ひき。故(かれ)、火焼(た)きの少子(わらは)二口(ふたり)、竃(かま)の傍(かたへ)に居たる、其の少子等(ども)に儛はしめき。爾に其の一(ひと)りの少子の曰(い)ひけらく、「汝兄(なせ)先に儛へ。」といへば、其の兄も亦曰ひけらく、「汝弟(なおと)先に儛へ。」といひき。如此(かく)相譲りし時、其の会(つど)へる人等、其の相譲る状(さま)を咲(わら)ひき。爾に遂に兄儛ひ訖(を)へて、次に弟儛はむとする時に、詠(ながめごと)為(し)て曰ひしらく、
物部(もののふ)の、我が夫子(せこ)の、取り佩(は)ける、大刀の手上(たがみ)に、丹(に)画(か)き著け、其の緒は、赤幡を載(かざ)り、立てし赤幡、見れば五十隠(いかく)る、山の三尾(みお)の、竹をかき苅り、末押し縻(なび)かすなす、八絃(やつを)の琴を調ふる如、天下(あめのした)治め賜ひし、伊邪本和気(いざほわけ)の天皇(すめらみこと。履中天皇)の御子(みこ)、市辺(いちのへ)の押歯王(おしはのみこ)の、奴末(やつこすゑ)。 |
といひき。爾に即ち小楯連 聞き驚きて、床より堕ち転(まろ)びて、其の室の人等を追ひ出して、其の二柱の王子(みこ)を、左右の膝の上に坐(ま)せて、泣き悲しみて、人民を集へて假宮を作り、其の假宮に坐せまつり置きて、駅使(はゆのづかひ)を貢上(たてまつ)りき。 |