橘頌
(きつしょう) 

作者名  屈原 (ca.B.C.343-ca.B.C.277)
作品名  『楚辞』「九章」より橘頌
 その他  『新釈漢文大系』本による。
 
后皇嘉樹 橘徠服兮
受命不遷 生南国兮
深固難徙 更壹志兮
緑葉素栄 紛其可喜兮
曾枝剡棘 円果摶兮
青黄雑糅 文章爛兮
精色内白 類任道兮
紛縕宜脩 姱而不醜兮
嗟爾幼志 有以異兮
独立不遷 豈不可喜兮
深固難徙 廓其無求兮
蘇世独立 横而不流兮
閉心自慎 不終失過兮
秉徳無私 参天地兮
願歳并謝 与長友兮
淑離不淫 梗其有理兮
年歳雖少 可師長兮
行比伯夷 置以為像兮
 
 
后皇
(こうくわう)の嘉樹、橘(たちばな)(きた)り服す。
命を受けて遷
(うつ)らず、南国に生ず。
深固にして徙
(うつ)し難く、更(さら)に志を壹(いつ)にす。
緑葉素栄、紛
(ふん)として其れ喜ぶべし。
曾枝剡棘
(えんきよく)、円果摶(たん)たり。
青黄雑糅
(ざつじう)して、文章爛(らん)たり。
精色内は白く、道に任
(た)ふるに類す。
紛縕
(ふんうん)として宜脩(ぎしう)にして、姱(くわ)にして醜からず。
(ああ)、爾(なんじ)の幼志、以て異なる有り。
独立して遷らず、豈
(あに)喜ぶべからざらんや。
深固にして徙し難く、廓
(くわく)として其れ求むる無し。
世に蘇
(そ)して独立し、横(わう)にして流れず。
心を閉じ自ら慎み、終
(つひ)に失過せず。
徳を秉
(と)りて私無く、天地に参(まじ)はる。
願はくは歳の并
(なら)び謝するまで、与(とも)に長(ひさ)しく友たらん。
淑離
(しゅくり)にして淫(いん)ならず、梗(かた)くして其れ理有り。
年歳は少
(わか)しと雖も、師長とすべし。
(おこなひ)は伯夷(はくい)に比す。置いて以て像と為さん。
 

皇天后土の生じた嘉
(めでた)い樹、橘がこの地に来て風土に適し、
天の命を受けて他国に移らず、南国に生ずる。
根は深く固くて移し難く、その上その志は一で動かない。
緑の葉に白い花、数多く入りみだれて誠に可愛らしい。
重なる枝、するどい棘
(とげ)、円い果実はころころとしている。
青と黄とがまじり合って、色どりが輝いている。
外皮はすぐれた色で、内部は白く、才は美
(うる)わしく心は潔白で、正道を行なうに堪える君子に似ている。
その実は香り高く姿宜しく、美しくて醜くない。
ああ、お前の幼時の志は、ほかのものと異なっていた。
何物にもたよらず、独りしっかりと立って遷らない。なんと好もしいではないか。
志が深く固くて移し難く、心は曠(むな)しくて何も求めない。
世俗の中で目醒めて、独りで立って動かされず、無軌道な世に居ながら、行ないに廉目
(かどめ)を失わない。
心を閉じて自ら用心して、終に過失を犯さない。
天生の得性をしっかりと取り守って私心なく、天地の広大な徳に参加して、共に博愛を施す聖人のようである。
どうか年歳がすべて過ぎ去るまで、お前と末永く友達になろう。
淑やかで俗を離れて、みだらな行いも無く、固いようでも条理があり、
年は若くても、師とも目上とも仰ぐことができる。
その行ないは古の清廉潔白な聖人伯夷にも比べられる。お前を立てて手本にしよう。
 


 詠いこまれた花   柑橘類



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