辨 |
りんごに、ワリンゴとセイヨウリンゴの二種類がある。
ワリンゴ M.asiatica は、江戸時代まで林檎(りんご)と呼ばれてきた在来種。
セイヨウリンゴ M.donestica(M.pumila) は、江戸時代末期に渡来し、明治以降日本でも栽培・食用され、こんにち一般にりんごと呼ばれているもの。
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リンゴ属 Malus(蘋果 píngguŏ 屬)の植物については、リンゴ属を見よ。 |
訓 |
和名リンゴの語源は、ワリンゴの訓を見よ。
明治以降 M.domestica が導入されると、在来の M.asiatica と区別するために、在来種を地林檎(じりんご)・和林檎(わりんご)、大きな果実をつける外来種を 大林檎(おおりんご)と呼んで、区別した。 |
『本草和名』■{木扁に奈}に、「和名奈以、一名布奈江」と。
『倭名類聚抄』■{木扁に奈}子に、「和名奈以、一云加良奈之」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』26 柰に、「ナイ和名鈔 リンキン アカリンゴ ベニリンゴ加州 ベニコゝ同上 リンキ羽州」と。 |
古典的漢名の柰は、奈の本字。漢音はダイ、呉音はナイ、現代北京音では nài。
『説文』に、「柰、果也。从木、示声」とあるが、声符示と声が合わず、声の由るところが知られない(白川静)。
李時珍『本草綱目』果部30に、「篆文の柰字は、子(み)の木に綴るの形を象る」とするのは、或は李の字と誤るか。
一説に、「木+示(祭礼の意)」の会意文字、祭の供物として供える からなしの木を表す(藤堂明保)。 |
今日の漢名蘋果(苹果、ヒンカ,píngguŏ)は、蘋婆果(ヒンハカ,píngpóguŏ,びんばか)・蘋婆羅(ヒンハラ, píngpóluó,びんばら)の略、いずれもサンスクリット語ビンバ bimba(「赤い実」)の音写。
ただし、サンスクリット名をビンバ bimba と呼ぶ植物は、ウリ科のヤサイカラスウリ Coccinia indica。インド・ビルマ・タイ・マレーシアに自生し、日本のカラスウリに似た果実は 熟すと赤くなる。
インドでは、赤く美しい唇を 蘋婆果に譬えるなど、親しい植物であったらしい。 |
漢土では、赤い実のなる植物を蘋婆果と呼んだ。リンゴを表す言葉としての蘋果は 明末以降に行われた。またピンポンノキ Sterculia monosperma も(赤い実をつけるので)蘋婆と呼ばれる。
したがって、蘋の字を用いてはいても、ここでは音符として用いられているので、蘋の本義とは関係が無い。
蘋(ヒン,pín)の本来の字義はデンジソウ、また萍(ヘイ,píng ウキクサ)に通じる。苹(ヘイ,píng)も、やはり萍(ウキクサ)に通じる。 |
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仏名の「リンゴ pomme」は、ラテン語の「果実 pomum」から。 |
説 |
M. pumila の原産地は、カフカス山脈乃至天山山脈の中央アジア。カフカスの野生品の果実の平均直径は約4cm、色は黄色、時に赤い縦縞が入る。
ヨーロッパでは4000年以上の栽培歴をもつ。 |
中国には 古い時代に西方から入り、柰(ダイ,nài)と呼んで栽培した。今日蘋果(ヒンカ,píngguŏ)と呼ぶものがそれで、今でも遼寧・吉林・黑龍江・華北・西北・四川・貴州・雲南で 食用に栽培されているという(果実は直径2cm以上と記されているから、かなり小さい)。
現代中国では、この伝統的な蘋果と、新来のセイヨウリンゴが並存し、ともに苹果 píngguŏ と呼ばれている、というわけであろう。 |
今日の栽培リンゴは、M. pumila をもとにして、M. sylvestris、M. sieversii などが関与して成立したと考えられている。 |
日本には、文久年間(1861-1864)に初めて欧米から入った。
しかし 本格的には、1871年に北海道開拓使が米国から導入し、苗木を東北・長野などに配布して定着し、今日に至る。 |
誌 |
今日の果物の、いわゆるリンゴであり、果実を生で あるいは加工して食用にし、また酒を作る。
既にギリシア時代に栽培種が区別され、栽培法が工夫されていた。
その後、ローマを経てヨーロッパ各地に伝わり、イギリスは19世紀末まで世界一の生産国であった。アメリカでは約350年前に導入、今日では質・量ともに世界一の産地。 |
『旧約聖書』「創世記」に載るエデンの園の禁断の木の実 fruit は、普通はリンゴとしてイメージされている。 |
ギリシア神話「パリスの審判」は、「不和のリンゴ the Apple of discord」から起り、やがてトロイア戦争へと発展する。 |
中国では、後漢頃の文献から柰の名が見える。
賈思勰『斉民要術』(530-550)巻4に「柰・林檎」が載り、栽培法・利用法を記す。 |
日本の明治以降の文藝に現れるリンゴは、このセイヨウリンゴであろう。
まだあげ初(そ)めし前髮(まへがみ)の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれない)の秋の實(み)に
人こひ初(そ)めしはじめなり
・・・
島崎藤村「初戀」(『若菜集』)より |
兩手をどんなに
大きく大きく
ひろげても
かかへきれないこの気持
林檎が一つ
日あたりにころがつている
(山村暮鳥「りんご」、『雲』(1925)より)
監獄(ひとや)いでてぢつと顫へて嚙む林檎林檎さくさく身に染みわたる
(北原白秋『桐の花』1913)
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大正時代のヒット曲は、「カチューシャの唄」(島村抱月・相馬御風作詞、中山晋平作曲、1914)。
林檎の花ほころび
川面に霞立ち
君無き里にも
春は忍び寄りぬ
(トルストイ原作『復活』のための劇中歌で、歌謡曲第1号)
昭和世代には、リンゴは赤い林檎のほっぺを思い出させる(武内俊子「リンゴのひとりごと」1940)。
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仏語の cidre は、ノルマンディに産するリンゴの発泡酒、calvados はそれを蒸留したブランディ。
英語では、cider はリンゴジュース、本来のリンゴ酒は hard cider と呼ぶ。
日本語のサイダーは、味付け炭酸飲料、英語で言えば soda pop。 |
家庭で焼いた apple pie は、最もアメリカ的なものの象徴。「ママのアップルパイ」は、日本で言えば「おふくろの味」に当るという。 |