おたねにんじん (御種人参) 

学名  Panax ginseng (=P. schinseng)
日本名  オタネニンジン 
科名(日本名)  ウコギ科
  日本語別名  ニンジン、ヤクヨウニンジン(薬用人参)、チョウセンニンジン(朝鮮人参)、コウライニンジン(高麗人参)
漢名  人參(ジンシン,renshen)
科名(漢名)  五加(ゴカ,wujia)科
  漢語別名  棒槌(ボウツイ,bangchui)、高麗參(コウライシン,gaolishen)・黄參・血參、地精(チセイ,dijing)・土精、鬼蓋、神草
英名  (Asiatic, Oriental) Ginseng
2007/04/19 薬用植物園 2007/05/03 同左


2007/05/26 同上


2004/07/04 同上
2007/07/21 同上
Panax pseudo-ginseng Wall.  オタネニンジン」と表記
   2008/05/24 東京薬科大学薬草園

 トチバニンジン属 Panax(人參屬)については、トチバニンジンを見よ。
 參(シン,shen1)の字義は、本草においてはオタネニンジンの根
 すなわち、最も古くは人薓(シン,jin4)と書き、根が時間をかけてゆっくりと生長する様子から命名したもの。薓の字形は、下の欄外に拡大して示してある
 特に「人」參というのは、肥大した根がしばしば二つに分れ、人体の形に似ることから。
 李時珍『本草綱目』(ca.1596)人参の釈名に、「人■{艸冠に浸}(シン,jin4)、年深くして浸漸に長成する者なり。根は人形の如く、神有り。故に之を人薓・神草と謂う。薓字は●{薓-草冠}に従う。亦た浸漸の義なり。●は即ち浸字なり。後世、字文繁きに因り、遂に参星(シンセイ,shenxing)の字を以て之に代う。簡便に従うのみ。然して誤りを承けて日久し。亦た変う能わざるなり」と。
 (なお、參(参)の字は、ほかにサンsan1・サンcan1・シンcen1 などと読むが、音により意味が異なる)
 許慎『説文解字』(ca.100)に、「薓(シン,shen1) 人薓(ジンシン,ren2shen1)、藥艸。出上黨。从艸、濅聲。山林切」と。
 李時珍『本草綱目』
(ca.1596)人参の釈名に、「人 音は參。或は省きて{艸冠に浸}に作る。 黄參呉譜。血參別録。人銜本経。 鬼蓋本経。神草別録。 土精別録。地精広雅。海腴 皺面還丹広雅。」と。
 參(シン,shen1)の字は、転じては(オタネニンジンのように)食用・薬用にする太い根を持つ植物(その根)を言う。
 そのうち、特に人參(ジンシン,renshen,
にんじん)・玄參(ゲンシン,xuanshen,げんじん)・丹參(タンシン,danshen,たんじん)・苦參(クシン,kushen,くじん)・沙參(サシン,shashen,しゃじん)を、五參と呼ぶ。
 李時珍『本草綱目』
(ca.1596)丹参の釈名に、「五参は五色、五臓に配す。故に人参は脾に入り、黄参と曰う。沙参は肺に入り、白参と曰う。玄参は腎に入り、黒参と曰う。牡蒙は肝に入り、紫参(シシン,zishen)と曰う。丹参は心に入り、赤参と曰う。其の苦参は、則ち右腎命門の薬なり。古人、紫参を捨てて苦参を称するは、未だ此の義に達せざるのみ」と。
 上に言う紫参は、一名牡蒙(ツクバネソウ(王孫)にも同じ別名がある)・童腸・馬行・衆戎・五烏花というが、正体は不明。
 今日の中国では、紫参は拳参と同物異名、則ちイブキトラノオ
 日本では、古来人参(にんじん)といえば オタネニンジンを指した。
 和名のオタネの由来については、下の説欄を見よ。
 しかし日本にはオタネニンジンを産しないので、形や色が似たものを人参(の偽物)とした。これを引いて、近世まで数多く何々人参と名づけられた植物があった(宮崎安貞『農業全書』1697)
 それらのうち今日までその名を伝えるものに、ツリガネニンジントチバニンジンがある。
 
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)人参に、「和名加乃尓介久佐、一名尓己太、一名久末乃以」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)人参に、「和名加乃仁介久佐、一名久末乃伊」と。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』8
(1806)に、「カノニゲグサ和名鈔。クマノイ同上」と。
 16世紀に西洋から蔬菜のニンジン carrot が入ると、人参はニンジンを指すことになり、オタネニンジンは 区別して朝鮮人参・高麗人参などと呼ばれた。
 学名の種小名及び英名は、人參の中国音の転訛。
 オタネニンジンの学名は、次のような変遷をたどった。
   初めて学名をつけたのは Siebold、1830年に Panax quinquefolia。
   続いて Nees は1833年に Panax schin-seng。
   1842年、Meyer は Panax ginseng。
   1843年、Regel と Maack は Panax quinquefolia var. ginseng。
 『中草藥現代研究』
Ⅱp.362-451によれば、以上の内国際規約上合法的なものは P.ginseng である、という。
 中国(東北)・朝鮮(北部)・ウスリーに分布。ただし、原産地でも自生品は稀。
 日本・朝鮮・中国(原産地のほか河北・山西・甘肅・寧夏・湖北など)で栽培する。
 根が大きくなるのに時間がかかるので、普通種を播いてから4-7年で収穫する。
 日本には、739年に勃海使が 薬品としての人参を献上した記録がある。
 江戸幕府は、享保13年
(1728) 日光で栽培を始め、増殖した種子を御種人参(おんたねにんじん)の名で諸国の大名に分け与えた。今日の和名はここに始まる。
 今日では、長野県
(丸子周辺)・福島県(会津)・島根県(出雲)などが主産地。
 根にサポニンなどを含み、古来東アジアにおいて著名な生薬。
 中国では、根を人參と呼び、根茎を人參蘆と呼び、根茎の上の不定根を人參條と呼び、ひげ根を人參鬚と呼び、葉を人參葉と呼び、花を人參花と呼び、果実を人參子と呼び、それぞれ薬用にする。『中草薬現代研究』Ⅱp.362
 また『中薬志Ⅰ』
pp.9-14・『(修訂)中薬志Ⅰ』pp.1-10によれば、畑で栽培したものを園參と呼び、野生品を採集したものを山參と呼んで区別する。
 園參は、主産地は吉林
(撫松・輯安)、次いで遼寧(寛甸・桓仁・鳳城・本溪・淸原・新濱)・吉林(通化・靖宇・臨江)及び延邊朝鮮族自治州(延吉安圖・汪淸)。山參は、主産地は吉林(撫松・通化・靖宇・蛟河)及び遼寧(桓仁・寛甸・新濱)
 新鮮で加工していない園參を園參水子
(鮮園參)と呼び、加工品には、加工の仕方により、紅參(表面が赤いことから)・生晒參・糖參・搯皮參の4種がある。山參の新鮮未加工のものは山參水子(鮮山參)と呼び、加工品には生晒參・糖參・搯皮參がある。
 昔から偽物が通行。李時珍『本草綱目』(ca.1596)人参の集解に、「偽る者は、皆な沙參(サシン,shashen,しゃじん)・薺苨(セイデイ,jini,せいねい)・桔梗(ケツコウ,jiegeng,ききょう)を以て根を采り、造作して之を乱す」と。沙參はツリガネニンジン Adenophora triphylla、薺苨はアツバソバナ A.trachelioides(一説にソバナ A.remotiflora、またはトウシャジン(マルバノニンジン) A.stricta)、桔梗はキキョウ
 人參の葉を晒して乾したものを參葉と呼び、薬用にする。ただし、今日市場に出まわっているものは、陝西省産の P.major(大葉三七)の葉、一名七葉子であり、オタネニンジンのものではない(『中薬志Ⅰ』)
 日本では、世俗に朝鮮人参・高麗人参と称して有名な漢方薬。
 日本薬局方では、細根を除いた根又はこれを軽く湯通ししたものをニンジンと呼び、根を蒸して乾燥させたものをコウジン(紅参)と呼ぶ。
 「人参」は胃腸機能の低下した虚弱体質(漢方医学でいう虚証の体質)者の食欲不振、下痢、疲労感、神経衰弱などに対し、健胃薬として薬理学的にも証明され、単味(粉末)、各種の漢方剤に配合して用いる。(『本草図譜総合解説』木島正夫) 
 同属の 
   アメリカニンジン P. quinquefolia
(E.American ginseng、薬名は広東人参・洋参)
   P. notoginseng
(薬名は三七人参)
   トチバニンジン P. japonicum
(薬名は竹節人参、漢名は三七)
なども、薬用にする。

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