辨 |
アヤメ属 Iris(鳶尾屬)については、アヤメ属を見よ。 |
訓 |
和名ヒオウギは、葉の形を桧扇(ひおうぎ)に擬えて。カラスオウギは、種子の色が烏の羽のように黒いことから。
また、その黒く丸い種子を、ぬばたま・うばたま(射干玉・野干玉・烏玉・烏珠・烏羽玉)と呼ぶ。
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『本草和名』射干に、「和名加良須阿布岐」と。
『延喜式』夜干に、「カラスアフキ」と。
『倭名類聚抄』射干に、「和名加良須安布木」と。
『大和本草』射干に、「和名カラスアフギ、漢名モ亦烏扇ト云」と。
『大和本草』紫羅傘に、「今案陳藏器蘇恭所レ説射干ハ倭名カラスアフギナリ」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』13 射干に、「ヒアフギ京 カラスアフギ ウセン烏扇ハ即漢名ナリ ミチキリ伯州」と。 |
漢名 射干の音は、ヤカン,yègàn である。近年俗にこれを シャカン,shègān と読むことがあるが、正しくない。
射干の義は、「射干の形は、茎梗は疎にして長、正に射(ゆみ)の長竿の状(かたち)の如し、名を得るは此に由るのみ」、「其の葉 叢生して、横に一面を鋪(し)くこと、烏の翅及び扇の状の如し。故に烏扇・烏翣・鳳翼・鬼扇・仙人掌の諸名有り。俗に扁竹と呼ぶは、其の葉 扁生して根は竹の如きを謂う」と(以上、本草綱目)。
(なお、和名をシャガ Iris japonica という植物は、射干を shègān と読み、その日本訛りに基づく命名だが、音義ともに当らない。)
漢別名に見える螞螂 mālang は、トンボの方言。 |
説 |
本州・四国・九州・琉球・朝鮮・臺灣・華東・華北・東北・陝甘・兩湖・兩廣・四川・貴州・雲南・チベット・ヒマラヤ・インドシナ・マラヤ・フィリピンに分布。 |
ヨーロッパには 1759年に入る。
アメリカでは、近年 野生化。 |
誌 |
中国では、根・果実を射干(ヤカン,yègàn)と呼び薬用にする。また兩廣では、萹蓄(ミチヤナギを見よ)として用いる。『中薬志Ⅰ』pp.375-376 『全国中草葯匯編』上/711-712 『中草藥現代研究』Ⅲp.38 |
西行(1118-1190)『山家集』に、
よもぎふ(蓬生)は さまこと(異)なりや 庭のおもに
からすあふぎの なぞしげ(茂)るらん
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「ぬばたまの」は、黒・暗い・夜などにかかる枕詞。たとえば『万葉集』に、
夜干玉(ぬばたま)の妹が黒髪今夜もか吾無き床に靡けて宿(ぬ)らむ (11/2564,読人不知)
居明かして君をば待たむぬばたまの吾が黒髪に霜はふれども (2/89,磐姫皇后)
烏玉(ぬばたま)の吾が黒髪に落りなづむ天の露霜取れば消につつ (7/1116,読み人知らず)
野干玉(ぬばたま)の黒髪変り白髪(しらけ)ても痛き恋にはあう時ありけり (4/573,沙弥満誓)
茜さす日は照らせども烏玉の夜渡る月の隠らく惜しも (2/169,柿本人麻呂)
夜干玉のその夜の月夜今日までに吾は忘れず間無くし念へば (4/702,河内百枝娘子)
烏玉の夜渡る月をおもしろみ吾が居る袖に露ぞ置きにける (7/1081,読み人知らず)
などなど多数詠いこまれており、その数80首に及ぶ。 |
『花壇地錦抄』(1695)巻四・五「草花 夏之部」に、「ひあふぎ 中末。花。黄色に赤キ星有。花形ハ童幼のもてあそぶ風車のごとく、葉ハ立花ニ、根ハ薬種のやかん也」と。 |
人知れず忍ぶ心は烏羽玉の黒き夜のごとかがやきいでぬ (北原白秋『桐の花』1913)
あるときは庭におりたち射干(ひあふぎ)の人工授精われ為したりき (八月十日)
射干の萎まむとするゆふまぐれ底ごもりして鳴神(なるかみ)きこゆ
九月になれば日の光やはらかし射干の実も青くふくれて (初秋小吟)
(1942,齋藤茂吉『霜』)
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